理由はいわないで、吾平はひたすら泣き続けた。
そうしていつしか嗚咽が収まって、涙を腕でぬぐっている。
その目は一生懸命涙をこらえようとしているのに、
意思に反して、その目からは涙が流れ続ける。

俺は、そんな吾平をみて、決意した。
自分の本音を、自分の思いを、自覚した。

「もう、行っていいよ」

吾平は、ごしごしと腕を動かしながらそう言った。
俺はその言葉を無視して動かない。

「もう行ってってば、あたしは平気だから」
「…そんなことない」
「うるさいな、あんたには関係ないんだから」
「…意地を張るな」
「うるさいって言ってんでしょ、さっさと消えてよっ」

突然立ち上がった吾平は俺の背中をめいっぱい押した。
それに抵抗せずに、俺は前方に倒れる。

ごとっ

鈍い音がして、吾平がひるむ声がした。

「ちょっと、何してんの渉」
「お前のこと、そのまんま受け止めようと思って」
「ば、馬鹿じゃないの?! そんなドラマみたいなクサい台詞…」
「そういわれてもいい、俺はお前のどんなとこだって受け止めたい」

俺はいっきにそう言った。
吾平はまた驚いたみたいな顔して黙った。
そうしてまた顔をゆがめて泣き出した。

「本当に信じていい?」
「あぁ」
「渉は裏切ったりしない? あたしのことちゃんと見てくれる?」
「あぁ」
「じゃあここで、あたしのことどう思ってるか言ってよ」

突然の発言に、俺は唖然とする。
吾平はそんな俺を見て、また顔をゆがめた。

「そういうとね、みんな困った顔するんだよ」
「吾平…」
「だってね、本当はあたしのこと大嫌いなのに、そうやって嘘つくから」
「吾平ってば…」
「みんなみんなそうやってあたしのことなんて見てないんだもんっ」

吾平は、そうしてとまらなくなった自分の本音を吐き出した。

あたしは、誰とでも仲良くなれるわけじゃないタイプの人間だ。
だから大好きな部活でも浮いてたし、なんか居心地が悪かった。
それでも休まず練習に出たし、部員とだって仲良くしようと思ってた。
だけど、もともとの性格が嫌われてあたしはいつしか誰にも相手にしてもらえなくなった。
「あんたは真っ直ぐすぎてよくわかんないから嫌い」
そんなふうにさえ言われた。
もがき続けても、あがき続けても、それは変わらなかった。
汚い人間の感情の渦の中、毎日が戦いみたいだった。

そんな中、あたしに話しかけてきてくれた先輩がいた。
その先輩はいつだって個人こじんを見ていてくれたし、何より部活が大好きみたいだった。
先輩はいつも厳しかったけど、そのおかげでいろんなことが見えてきた。
あたしは、その先輩だけがたったひとり頼りだった。
そんな先輩が引退してから、すごい変な髪形で登校するのを見た。
それはまるで、そこだけ切り取ってしまったみたいにアシンメトリーだった。
そうして、その先輩が同学年の部員からいじめにあったのだといううわさを聞いた。
先輩はずっとずっとそのことで悩み続けて、恨み続けて、
とうとう髪を切り落として見せしめにするという奇天烈な行動に出たそうだ。
あたしは愕然とした。
先輩だけはそんな汚い思いをしていないと、信じていたのに。
あたしは先輩を恨まなかった、先輩をいじめた先輩たちを恨んだ。

そんなときに、小杉秀介という人物に出会った。
君の気持ちを、晴らすような仕事があるのだけど、いかがかな。
そんな言葉に誘われて、あたしはそいつについて行った。
彼の言うことはとても賢くて、あたしはどんどんひきこまれていった。
そうして引き受けた仕事は、恨み続けた先輩たちを襲う仕事だった。
手順も計画的で、何もかもが全部きちんと進んでいった。
あたしは使命感と達成感でいっぱいになりながら、その仕事を続けていた。
抵抗されたときにひっかかれたり殴られたりして、傷だらけでも、そんなの平気だった。
小学生のときから身を守る手段としてつかっていたタックル。
驚いてきょろきょろされたときに目隠しつかったスカーフは、誰かに抵抗されたときに破れて捨てた。
あとは小杉秀介にいわれたとおりに、かばんをぶちまけて立ち去る。
先輩達が泣きながら戸を叩く音を笑顔で見送った。
ただ犯人が5人出たころ、その事件のうわさがたって、犯人は一躍悪人に成り下がった。
あたしは最低な行いをしたヤツを懲らしめているのに、誰もが犯人を悪いって言った。
許せなくて、やるせなくて、死にそうだった。
小杉秀介に言われて、犯人でないことを示すために自作自演であたしが被害者の事件の芝居をうった。
そのときに気づいたのだ。
あたしがしていることが、本当にただの悪だってことに。
人に言われるまま、暴力で解決しようという野蛮な発想。
あたしが今襲撃しているヤツとなんら変わりないってこと。

それでもなおあたしは、奈落のそこに落ちるべく、仕事を続けているのだ。

「あたしはね、ただの馬鹿だったんだよ」
「…」
「自分の気持ちを抑えられずにそんなことをしてしまった」
「…」
「あたしは、自分が恨んでいた悪に成り下がっちゃったんだ」
「…」
「本当、馬鹿だった」
「…」
「そんな間違ったことばっかしてたから、だからみんなに嫌われるんだよね」

吾平はそうして泣き出した。
俺はそんな吾平の手を握る。
吾平は抵抗しなかった。

唯一見つけた素敵な人間が、穢れてしまった姿を見てしまった。
そんなことだけど、吾平には大きすぎて。
もがいているうちに、自分の忌んできたものに変わってしまった。
それが許せないのに、はまった穴が大きくて、まだ罪を重ね続ける。

俺は、そんな吾平の隣にいた。
決心は、それでもゆるがなかった。

NEXT?