「とうとう10人目の被害者が出たね」
小杉先輩が俺に声をかけてきたのは、部活も後半の時だった。
俺はへとへとになりながらも目を向ける。
「さすが比奈地、目は生きているね」
「それで…それがなんなんですか」
「いや別に、10人目だってさって」
「…俺には関係のない話です」
小杉先輩は俺が追い払うまもなくいなくなった。
いつもはからんでばかりの先輩が珍しい。
犬島に呼ばれるまで、俺は何故先輩が絡んでこなかったのか考えた。
答えは見つからなかった。
*
コヨミ川の川岸を、自転車を走らせながら目をつぶる。
もう真っ暗な空が、なまあたたかい風を俺に泳がせる。
俺が目を開けると、そこには見覚えのある白いスカーフ。
吾平だ。
「渉、こんなに遅い時間なんだね」
「お前だって遅いじゃん」
「まあね、あたしにだっていろいろあるのよ」
そう言って俺の向こうに手を隠そうとする。
ふいに目に入った吾平の手は、傷だらけだった。
俺は驚いて、自転車を止めた。
「その手…どうしたんだよ」
「なんでもない、部活でけがしたの」
「嘘だ、吾平今俺に見えないほうに隠そうとしただろ」
「そんなことないっ」
そう言うが、俺が無理やり吾平の手首を返したら何も言わなくなった。
あまりにも部活でけがしたものとは違った。
それはひっかかれたみたいに、細い傷だった。
「これ…」
吾平は何も言わない。
「どうしたんだよ、お前」
「…」
「なんで何にも言わないんだよ、なんか言えよっ」
「……怒んないでよ…」
そのか細い声に驚いて顔を上げると、吾平は泣いていた。
その目はとてもきつくて、弱かった。
「吾平、どうしたんだよ、お前おかしいよ」
「だって渉怒ってばっかじゃん…あたしにだっていろいろあるんだから…」
一生懸命逃げようとして暴れる吾平。
その目はまだ怯えたみたいに弱かった。
俺はそのまま手を握って吾平を引き寄せた。
吾平のちいさな悲鳴が聞こえた。
「ちょっと、渉、何してるの、やめて」
「お前、なんか俺に隠してるだろ」
「隠してないよ、ていうかあんたには関係ないじゃん」
「関係あるよ、俺は」
そう言って正面から吾平を見つめた。
驚いた吾平の顔。
はじめて何かを見つけたみたいな、純真な顔。
そして俺の目を見つめて、吾平は子供みたいに顔をゆがめて泣き出した。
手で涙をぬぐっては、鼻が赤くなるまでこすってみたりして。
吾平のこんな泣き顔を見たのは、これがはじめてだった。
俺はそんな吾平のそばにいた。
今の俺には、それしかできなかったから。
弱者なのは俺のほうかもしれない。
NEXT?