俺はひとり、自転車をこぐ。
汗は俺の前髪にしみこんで、消えた。
俺はひたすらにペダルを踏み込んだ。
目的はさっきと違うから、俺は好きなだけ目にちからをこめられた。
好きなだけ、思うまま。
風はなまぬるい感触だけ、俺においていく。
コヨミ川は今日も、のどかにせせらいでいた。
「どうして僕なんか呼び出したの?」
そういって、いつもみたいに笑顔を向ける。
小杉先輩は、私服に着替えてやってきた。
その水色のポロシャツが、うすい光をなでている。
「ちょっと聞きたいことがあって」
「そう、まぁ僕の役に立てる程度でいいのなら」
「わざわざ呼び出してすみません」
俺達は冷房のすずしいファーストフード店に入った。
向かい合って座りたくなかったけど、しょうがない。
俺は先輩の前に腰掛けて、精一杯の力を目に向けた。
「どうしてそんなに恐い顔してるの?」
「先輩は、吾平とはどんな関係なんですか」
そういうと、先輩は少しとまった。
吾平のそれとは違うけど、あきらかに同じ種類のものだ。
でも小杉先輩は、女みたいにきれいな髪をひとさしゆびでなでて、
いつもどおり笑った。
「なんだそんなことか、そんなに恐い顔して聞くことかな」
「俺にとっては、意味があるんです」
あんなフリーズの吾平を見たからとは言わなかった。
それでも小杉先輩はきっと何か感じたんだと思う。
そんな気がした。
「吾平は何か、誤解を招くような言い方をしたのかな」
「吾平…ずいぶん知り合いなんですね 香坂吾平なんてフルネームで呼ぶから」
「知り合いじゃないと思ったの? それは比奈地の主観でしょ」
そうだ俺が気づかなかったんだ。
さらっと痛いところをついてくる。
俺は注文したハンバーガーに口をつけた。
ひどく空腹だったことを思い出した。
「吾平とは知り合いなんですね」
「うんまぁ、君の言う知り合いかどうかは分からないけど」
「…はっきり言ってください、吾平とはどういう関係なんですか?」
「そうだね、比奈地の誤解を招かないようなことを言えばいいんでしょ」
そう言ってにっこり笑った。
「たとえばおとといの土曜、僕と吾平は待ち合わせてでかけた」
「…どこへ」
「ホテル」
その単刀直入な言い方に、俺は言葉を失った。
「そうですか…吾平と先輩は、付き合ってるんですね」
「それが比奈地の結論なら、それでいいよ」
笑う先輩の目から、俺は思いっきり目をそらした。
そうして目の前のハンバーガーに噛み付いた。
そこにあったサラダも烏龍茶も、すべて食べつくす。
先輩は、その細い目を少し俺に向けていた。
それを知っていながら、俺は食べ続けた。
とにかく、それしかできなかった。
「今日は突然、すみませんでした」
「まぁ誤解を解けたのならよかった」
「失礼します」
俺は先輩の見送りもしないで、自転車にまたがった。
そうしてギアを1番軽くして、土手をあがる。
その日はしばらく、川原をこいで進んだ。
夕方の日差しが、赤さを落として紺色になるまで、ずっと。
俺の汗は、次第にひいていった。
それから俺は、吾平との交信を絶った。
吾平からもメールは来なかった。
それでも、あのときの俺に堕ちた細い魚の骨みたいなものは
まだ俺ののどにひっかかている。
今でも、いつまでも。
NEXT?