自転車をこぐ。
汗は少しずつひいて、涼しい風が首にあたる。
俺はちょっとだけ目をつぶってハンドルを握る。
去年の今頃流れていた、有名なバンドの曲がかすめた。

少しすると、吾平がのろのろと川原への階段を上ってきた。
不服そうな顔で制服を着ている。
今気づいたけど、高校生になってからリボンの色が変わったみたいだ。
なんとなく、白さが増している。
新しくしたのかな。

「ちょっと何なの、あたしは平気だって言ってるでしょ」
「でも自分でおかしいって言ってたじゃん」
「それは…ちょっと強い声出しちゃったから」
「それはやっぱりおかしいんだよ」

むっとしたように眉毛を動かして、吾平はにらんだ。
吾平の首を汗が伝うのが見えた。
吾平は手のひらでそれを無造作にぬぐう。

「でもさ、それでも渉には関係ないよね」
「…」
「これはさ、襲われたあたしの問題でしょ」
「それはそうだけど」
「だからあんたに心配されても困るし」
「嫌につんけんしてるんだな、お前」

憤るように息を吸って、肩を上げた。
あかい唇をかむ。


「そ、そもそも」
「なんだよ」
「そもそも、あんたなんであたしが襲われたって知ってるの?」
「え…」
「だって…あたし、そんなこと言ってないでしょ」
「それは…」

それは、小杉先輩に聞いたのだ。

「吾平さ…」
「何よ」
「小杉先輩を知ってるの?」

俺の一言に、吾平は反応しなかった。
反応しなかったんじゃない。
吾平のからだがフリーズしたのだ。
まるでなんの機能も働いていないみたいに。

それは本当に恐ろしい言葉を吐いてしまったみたいだった。

吾平ははっとしてからだを斜めに傾けようとした。
その腕をとって、向き直させる。

「離してよっ」
「どうしたんだよ、吾平が小杉先輩を知ってることがそんなにまずいのか?!」
「やだ、もう帰る、あたしここにいたくないっ」
「駄目だ、俺はお前に奢るっていったんだから」
「そんなのいい、もう帰して、いいでしょっ」
「駄目だ」

そんな攻防をしている間に、吾平が俺を突き飛ばした。
俺はしりもちついて、吾平を見上げる。

その目は、まだフリーズしたままに。
俺のことなど見ていなかった。

「ごめんね、渉」

吾平はそれだけ言うと、くるりときびすを返して走り出した。
制服の長いスカートがひるがえる。
俺はあついアスファルトに手をつけたまま、しばらく動けなかった。

NEXT?