それは小杉先輩のひとことだった。
部活の休憩で、犬島と俺の元にやってきた。
「水は飲んだ? 今部長がマネージャーと話し合いしてるから暇だね」
「飲みました、どうかしたんですか?」
「いや、あの事件また被害者が出たんだってさ」
「それ本当ですか」
「あぁ」
俺の胸は嫌にうずいた。
俺の目線に気づいた先輩は俺を一瞥して話し続けた。
「今回の被害者はあれだ、結構負けん気が強かったらしくて」
「はぁ」
「犯人に目印をつけたんだそうな」
「すごーい! なんかかっこいいですねー」
「…暢気なやつ それで、目印って言うのは」
「手首につめを立てたらしい」
「…いったそー」
「じゃあ犯人の手首には爪あとが残っているわけだ」
「そうみたいだね」
小杉先輩はにっこり笑った。
その笑顔に何か違和感を覚えて、俺はもう一度先輩を見る。
「なんですか」
「いや、比奈地被害者が誰か聞かないから」
「別に俺は…被害者が誰とかはどうでもいいですから」
「それが君の言う幼馴染だとしても?」
はっと息が詰まる。
ぴりりと悪寒が走った。
「吾平なんですか?」
「そうだよ、香坂吾平 彼女が今回の被害者 事件はさっき起きたって話だよ」
「吾平に怪我は? 何か盗られたんですか?」
「比奈地俺に聞いたってわからないこともあるでしょ」
「あ…すみません」
「今日は僕が何とか言っとくからさっさと帰って連絡しなさい」
「…っ」
「彼女どうやらちょっと放心状態だって言うから」
「わ、わかりました ありがとうございます!」
俺はドリンクを手に取ると、体育館の扉を開けて走り出した。
「小杉先輩」
「何?」
「比奈地の幼馴染って、どんな人なんでしょうか?」
「…なんで」
「比奈地少しだけ、おかしいですよね」
「…そうだね」
*
「もしもし吾平?」
「うん、渉どうかしたの」
「お前、襲われたんだろ?! あの事件の犯人に」
「あー、うん でもあたし別に平気だから」
その呆けた声が俺を急き立てた。
何かおかしい。
「平気そうじゃないんだけどな、お前の声」
「それ電話だからだよ、電波悪いんだよそうだよー」
「吾平なんかおかしいぞ」
「だから平気だって」
「でも…」
「そんなことないって言ってるでしょ」
強く発せられた一言に、俺は黙る。
「ごめん、あたしなんかおかしい…今日はもういい?」
「いや駄目だ 今から出て来い」
「え?」
「俺がなんか奢ってやる、お前コヨミ川の前で待ってろ」
「何で」
「いいから、絶対待ってろよ」
そう言って電話を切ると、俺は制服のまま駐輪場に向かう。
午後の日差しは堕ちたというのに、まだ暑い。
俺は自転車のギアを上げて、走り出す。
制服に汗がひとしずく、落ちて消えた。
NEXT?