嘘はどこにあるんだろう
本当だってどこにあるんだろう
貴方はいつだって、素敵な思い出だけアルバムにはさんで笑った
きたないきたない過去を、胸にきゅっとしまって

貴方のきなたい過去だって、俺に見せてほしい
手を伸ばして、助けを求めてほしい
これが、俺の気持ち


なついろアルバム


比奈地渉、これが俺を表す記号。
元素記号みたいなもんだ、ただ、それ自体に意味はない。
冷めたことばかりいう子だと、煙たがられてきた。
そんな俺が、今は馬鹿みたいにバスケットボールを追いかけている。
同級生のお人よしの犬島が勧誘してきたのだ。
最近あいつは、かなわぬ恋に夢中らしい。
能天気さと浅はかさが、犬島のとりえだ。

携帯の着信音がなる。
画面を開くと、いつもの相手からのメールだった。


新着メール 1件 香坂吾平

件名 なし

今日髪の毛切ったんだ(^^)
少しだけ短くなった。
渉はまだ、ちゃぱっつんかな?笑


いちいち気に障るヤツだ。
俺は苦笑しながらも、返信を打った。

香坂吾平、ごへいとかいて、アイラ。
ずいぶんと凝った名前だと、名札を見て思ったのを覚えてる。
小学校の入学式の入場で俺達を引率していた、ちびの2年生が吾平だった。
吾平との出会いは小学校、それからは登校班といいずっと腐れ縁だ。
ちなみに吾平は女だが、そんなことはずいぶん前にどこかに置いてきた。
言ってみれば、俺のタイプではない。
それだけが理由というわけじゃないけど、やっぱりもうそういう感じは持てない。
時間はすごいものだ、性欲まで奪ってしまうのだから。
…失敬。



最近吾平を見た。
3階でベランダで洗濯物を干しているのが見えた。
家事をするタイプだとは知らなかったから驚きだった。
いつまでたっても、吾平は新しい発見ばかりだった。
知り尽くせることなど、きっと永久にないのかもしれない。
俺はぼんやりと、そこに少し立っていた。
吾平はそのことを知らない。

吾平はとても賢い人だった。
いつだって俺の宿題の面倒を見てくれたし、口出ししてきた。
そんな吾平がうっとおしかったし、何より敗北感があった。
だからいつも、ガリ勉とはやして笑った。
吾平はいつも、少し困った顔で怒っていた。

好きな人を言い合おうとか、そんなこともした気がする。
結局それは成功しなかったけど、俺は内心どきどきしていた。
あれは確か、高学年の林間学校のバスの中だった。
吾平が着ていた明るい色のポロシャツを今でも覚えている。

「茶髪でぱっつんだから、あんたちゃぱっつんね」

教室に掃除に来ていた吾平のひとことだ。
気にしている髪の毛について、そう笑われたことがあった。
俺は本気でキレて雑巾を投げたけど、吾平はひるまなかった。
顔をかすめたその雑巾を、ものすごい速さで俺の顔面に当てたのだ。
結局泣いたのは俺だったし、負けたのも俺だった。
馬鹿みたいにダサい気分だったのは、吾平に内緒だ。

そんなふうにして、吾平はさっさと卒業して行った。
吾平の卒業の言葉は、ちいさな体育館に響きわたった。
俺は眠くて死にそうだったのに、そこだけはぱっちり起きてしまった。
それがなぜなのか、たぶん偶然だけど。

これが俺と吾平の昔の話。


ひさびさに会う約束をした。
見たい映画があるとかないとか、そんなことだった。
だけどなんだか予定は決まり、俺はちょっと焦った。
吾平がきれいになっている可能性は少ないから、どきどきもしないのに。
この焦りはどこからくるんだろう。

ああ、あの話だ。


「お前さ、城崎女子って知ってる?」
「ああ、知り合いが行ってる」
「あすこで最近事件あったらしいよ」
「何」

「同じ部活の子が、突然部室に押し込まれていつまでも閉じ込められるんだって」
「なんだそれ」
「知らない、でもそんときに絶対カバンだけはとられて」
「はぁ」
「カバンの中身をそっくりぶちまけられて終わり」
「はぁー?」
「とにかく、閉じ込められてカバンぶちまけられるんだって」
「それってなんか害あるの?」
「だって恐いじゃん、いつまでも出られないで泣き出した子とかいっぱいいんだぞ」
「へぇ、なんでカバンぶちまけるんだろ」
「探してるもんでもあるんじゃないの」
「それで、何部なんだよそれ」
「えっと、体操部だったかな」
「…体操部?」

それは、吾平のいる部活だ。
俺の胸で、この内容がくるくると回り続ける。
吾平は襲われてはいないだろうか。
きっとそれが、俺の中で焦りを呼ぶものだと思う。

それだけで、あってほしいと思う。

NEXT?