降りたところは、あたたかい日差しでいっぱいの古い駅だった。
よく見たことのある黄色い紙袋を持った人がてんてんとしている。
よく修学旅行なんかで行く人がいるというけど、
俺は、ここにきたのははじめてだった。
なんとのどかなことだろう。
先輩は小道に入る。
俺も続いて入る。
一瞬振り返った先輩は、俺の手をひいて走り出した。
木のみどりいろと、あかい建物の連なる町々。
その古びた風景に、俺と先輩だけ走っている。
あざやかで美しい道は、俺を先輩が誘って進んでいく。
なんとしあわせなことだろう。
「ここだよ」
切れ切れの息で、先輩はちいさなお店を指差した。
中に入ると誰もいなくて、俺は少しもぞもぞしてしまう。
「店員さんいないね」
「たぶん出てきますよね」
皐月先輩は、メニューを抜き取る。
そうしてぱらぱらとめくっていくと、ぱっとどこかを開いた。
そこにのっていたのは、ちいさなきみどりいろのケーキだった。
「抹茶のケーキなのよ」
皐月先輩はうれしそうに指差す。
その幼さは、まだたった18歳である先輩を思い出す。
「ここでこれ見つけたときに、決めてたの」
「何を?」
「いつか同じものを好きになってくれる人が現れたら、教えようと思って」
「同じものを…」
「抹茶を、あたしと同じくらい好きでいてくれる人にね」
「浅香部長には?」
「教えて、ないよ」
「どうして?」
困ったみたいに怒ったみたいに、先輩は俺を見た。
どうしてそんないじわるするの、って。
俺はそんな皐月先輩の腕を取る。
「教えてない、恭太郎にしか教えてないの」
「はい」
「いつか恭太郎に出会えるって、それは運命みたいなもんでしょ」
「はい」
「だから、恭太郎だけに教えたの」
「わかってます」
ごめんなさい、俺はアナタにいじわるばかりしてしまう。
アナタの困った顔が、俺に向いているって刻み込みたいんだ。
アナタのその、心に。
出てきたケーキはとてもおいしかった。
俺と皐月先輩は、黙って食べた。
ちょうど目が合ったとき、先輩は俺の口元に指を伸ばして
そっとクリームをふいてくれた。
その指を先輩は口の中にいれる。
そうして恥ずかしそうに、困った顔をして俺を見ている。
お店を出た俺と先輩は、どちらともなく歩き出していた。
そうしてたどりついた川辺で、先輩は振り返る。
「恭太郎」
「何ですか?」
「これから、どうしようか」
その問いは、とてもとても大きかった。
深呼吸して、俺は笑った。
「皐月先輩」
「何?」
「俺、皐月先輩に話したいことがあるんです」
皐月先輩の腕をつかんで、ついと引き寄せる。
ずっと前から、思っていたことをアナタにお話します。
「俺、皐月先輩が好きです」
古びた路面電車が、皐月先輩の後ろを通った。
NEXT?