先輩は、まるで夢みたいにぼんやりと浮かんでいる。
その閉まった腕は、ぷらぷらと空をかいている。
その目は、いつもの先輩の瞳。
「恭太郎」
路面電車が通過し続ける。
先輩の口が、かすかに動いた。
ごめんね。
するりと俺の腕の中に入ってきた皐月先輩は、俺の胸を叩く。
とんとん、とんとんとん、と。
その腕をつかむと、皐月先輩は怒った顔をしていた。
「馬鹿」
「先輩」
「なんであんたみたいにモテる子が、あたしみたいなブス好きになるの」
「皐月先輩」
「あたしずっとずっと、編入したときからあんたのこと好きだったよ」
「皐月先輩ってば」
「でも、浅香が…浅香があたしのこと、とっても大事にしてくれて…」
「先輩…」
「あたし、負けちゃったのよ、あたし自分ばっかりだったの」
「もういいですよ」
「あたし、恭太郎が好きだったのに、大好きだったのに…」
ふいに泣き出した先輩を俺はゆっくり抱きしめた。
その間先輩は、ずっとずっとつぶやいていた。
ごめんね、恭太郎。
ごめんね。
帰りの電車、俺達はまたぽつんと座席に座った。
先輩は俺にクッキーをくれる。
俺はそれをぽりぽりかじる。
夕日はまた、俺達をすっぽりとつつんでいた。
俺の恋は、終わったのかもしれない。
それなのに、俺は笑顔だった。
肩にことんとおちた、先輩の頭を胸に閉まって。
***
「犬島、シュート率上げたか?」
「部長」
夏の部活はとってもきつい。
俺はタオルに顔をうずめながら、答える。
「なんかあったのか?」
「毎日の練習が実を結んだんでしょ」
ふいに現れたちいさな影に、部長が振り返る。
そのちいさな影は、しゃきしゃきと動いていた。
「浅香、さっさと練習終わらせないと」
「あぁ、わかってるよ」
うれしそうに走っていく部長の影を、俺は追う。
「恭太郎、明日新発売の抹茶オーレ買って飲もうよ」
「俺もう飲んじゃいました、それ」
「えー!! 何よそれ、抜け駆けじゃない!!」
「うわ、痛い、痛いっ」
容赦なく飛んでくる平手から実を守って逃げる。
その俺を、またアナタは追いかけてくる。
ふいにその手が、やさしく俺の頭をなでた。
「恭太郎」
「はい」
「おおきいね、本当に」
「はい」
「今日の帰りは、抹茶オーレおごりね」
「えー!!」
「馬鹿ね、あったりまえでしょ」
白いTシャツをひるがえし、アナタは歩き出す。
浅香部長の元へ。
「皐月先輩」
「何?」
「俺、まだまだあきらめませんから!!」
叫んだ声はおおきくて、先輩は恥ずかしそうに目を開いた。
「馬鹿、恭太郎なんか知らないからっ!!」
そうしてまた、走り出す。
きみどりの会は、まだまだ続く。
俺と先輩の気持ちをつむぎながら。
いつか先輩がまた、振り返ってくれる日を待ちながら。
ゆっくりのんびり、俺は、そういう恋を選んだんだ。
俺はまだ、きみどりのじかんにおぼれる。
先輩と俺の、たったふたりの作り出すじかんに。
THE END