「先輩」
「どうしたの」
俺の手は少しずつちからを孕んでいく。
それを俺が食い止めようとしている。
この、きしむ音はなんだろうか。
皐月先輩はふりかえらずに、じっとしていた。
その目はどこを見ていたのだろうか。
俺は知らない。
俺の手はそのまま皐月先輩の上を滑った。
そうして一気に引き寄せた。
先輩はお人形みたいにじっとして、何も言わなかった。
皐月先輩の肩に、俺は必死で顔を沈めた。
おさえつけていた気持ちは、先輩の肩で切れた。
皐月先輩を、俺のものにしたい。
むさぼるような手を、ふいに先輩が触れて。
そのつめたい手は華奢で、するりと俺の手をなでた。
一瞬の動きに乱された俺のこころは、そのまま直線的に動く。
先輩を腕まですっぽり、抱きしめた。
そこで落とすように皐月先輩はひとことつぶやいた。
焦って手をひいて、俺は我に返る。
そして呂律の回らない口で謝罪を口にして飛び出した。
茶室の扉は、開かれたまま。
「俺は」
本当に馬鹿だと思った。
あつくなった手が、しらけて見えた。
皐月先輩は、普段どおりに部活に現れた。
いつもどおりの声と、いつもどおりの厳しさ。
そうして部長の前で見せる、いつもどおりの笑顔。
部長はまた、甘い顔を歪めて見せて。
俺はすこんと抜けた、この胸を抑えた。
もうどうしようもなく、泣き出しそうだった。
***
帰りの電車、呆けた俺を心配した比奈地の顔がよみがえる。
お前いつもぼけた顔してるけど、今日はひどいぞ。
なんかあったのか、大丈夫か。
いつもどおりにしていても、わかってしまうものなのか。
俺の胸の、抜けた穴は。
先輩はね、悲しそうにひとことつぶやいた。
おちるような、おとすような。
「ごめんね」
アナタはそうやって、俺を狂わせる。
アナタだけが、俺を躍らせる。
それなのに、俺はいつまでも踊っていたいと思ってる。
いつまでだって狂わされていたいと思ってる。
俺は、馬鹿だ。
こうしている間も、アナタが大好きだから。
NEXT?