「それでなんだ、お前の好きな人には彼氏がいるわけか」
「まあ…」
「それでも、お前はその人が好きで困ってるわけか」
「そう、なんだけど」

比奈地はあきれかえったように、はしで箱のすみをつつく。
昼、比奈地と俺は教室で弁当を食べていた。
最近なんかあったのか、という問いに俺はちょっとだけ打ち明けた。
実名はふせて、きみどりの会のこともふせて。

「で、結局お前はどうしたいんだ?」
「へ?」
「あるだろ、たとえば付き合いたいとか、あわよくばヤっ…」
「そこからはいい、言わなくていい!!」

そんな想像したら俺はここで死んでしまう。

「小学生か…まぁいいけど、で、どうしたいんだよ」
「あわよくば…じゃなくて!! そこがよくわからない…」
「はぁー? もううっざいなぁ」

比奈地は皐月先輩と思考回路の構造が似ている気がする。
だから余計、比奈地の言葉は胸に来る。

「うざいとか言うなよ…露骨に傷つく」
「え、犬島って前からそんなんだったっけ」
「今はいろいろナーバスなの」
「ふーん、まぁいいけど」

そう言って比奈地はきんぴらごぼうの最後のひときれを口に入れた。
比奈地のタイプは家事のできる女らしい…らしいヤツだ。



「あー、どうしよー」
「女々しいな、あのさ、その人…仮にAさんとするぞ」
「うん」
「Aさんはどんな性格なんだ? ちなみに彼氏の性格は」
「Aさんは…外見はすっごく厳しい感じ、中身は幼稚だけど」
「ふーん」
「で彼氏は…女癖は悪いけど、Aさんにはベタ惚れで、基本偉そう」
「…だいたい誰だかわかったような…いや、いい、そうかぁ」
「そうなんだよ、で、どう思う」
「うーん、なんとなくだけどAさんが彼氏をどれだけ好きかが伝わってこない」
「でも絶対好きなんだよ、Aさんも彼氏のことー」
「お前はそう確信しているわけか、じゃあそうなんだろうな」

食後のお茶を飲みながら、比奈地はけわしい顔をした。
比奈地渉、同じ部活の頼れる補欠仲間。(レギュラーはもちろん先輩だけだから)
切れ長の目、本人は嫌っている天然茶髪を時代遅れなぱっつんカット。
でもなんか、すごい比奈地らしい髪型、ぷぷ。

「てかそんなんまでわかってたら俺、お前にはどうしろとも言えないんだが」
「だよねー、あー、本当にどうしよー」
「まぁ発言から考えるに、お前に悪意は持ってないだろ、むしろ好意な」
「そうかな」
「だってさ、嫌いなやつににこにこするタイプか、先輩って」
「だよねー」

ん?なんかひっかかるような…まぁいいや。

「とにかく今は、その関係を壊さないようにするべきなんじゃない」
「うん、わかった!」

俺はとにかく、今の目標を決めることにした。
『今の関係を持続すること』だ。
それはそれで悲しいし、切ない。
でも今の俺には、それぐらいしかできない。
どうしてこんな恋をしたんだろうなんて、弱音ははかない。

皐月先輩は、そんな俗な言葉で片付ける価値の人じゃないから。
俺が恋した、素敵な人だから。


NEXT?