皐月先輩は、エスカレーター式のうちに高校から編入。
女子校出身のうわさが出回って、学年中に広まったらしい。
俺の部活の大人気の先輩たちも注目する。
お茶ができるというのが引き金になり、編入生は勝手な予想像と化した。
そうして何かの縁でうちの部活のマネージャーとして入ったのだ。

皐月カラです、宜しくお願いします

美しい橙色の、夕焼けが明るい4時前の木曜日。
先輩が入部してきたあの瞬間を、俺は今でも覚えている。
見た目が決して素晴らしいわけじゃない。
でもあの雰囲気は、いったい何なんだろう。
それは少しだけ、不思議な感覚だった。

部活一人気の浅香部長が皐月先輩と付き合いだした。
そんなうわさが流れたのは、入部から3ヶ月後だった。
女癖がよくないって評判の部長が、あっさりと他の女の人との縁を切った。
それだけでも信じられないのに、部長は皐月先輩にベタ惚れだという。
俺はなんだか呆けてしまった。

夏の合宿、皐月先輩とちゃんと話したはじめての機会。
Tシャツの皐月先輩と、ジャージの俺は洗濯当番になったのだ。
妙にそわそわしてしまう俺に、皐月先輩はあきれて笑った。


「何そんなにもじもじしてるの? あたしのこと苦手か」
「そういうわけじゃ…皐月先輩は部長の彼女じゃないですか」
「馬鹿ね、犬島君ってそんなこと気にするんだ」

ちょっとだけさびしそうに、皐月先輩はぱしっとシャツを伸ばす。
そんな先輩のしぐさに疑問を持って、俺は続ける。

「先輩は、部長の彼女って呼ばれるの嫌なんですか?」
「うーん、そうね…なんか浅香の付属品みたいでしょ」
「そうですか…今までの部長の彼女はみんな付属品ってことが嬉しかったみたいですよ」
「ふふ辛口ね犬島君、あたしそういうとこ好き」

流れて軽く口にする、好き。
俺を一瞬、弱くしめつける。
焦るように言葉をつなげた。

「またからかって…皐月先輩らしいですね」
「何よそれ、やーね とにかくあたしはね、ひとりの人間としてみてほしいの」
「わかりました」

しゃきしゃきと動く先輩の隣で、同じように洗濯物を干す。
せみの鳴き声と太陽が重なって厚さが増していく。

「犬島君って大きいよね」
「一応部活では大きい方です」
「あたし犬島君の身長って素敵だと思う、とっても」

すっと手を伸ばして、俺の頭に触れる。
少しだけ濡れた手が、ひんやりと。
細い指がとんとんと動く、こきざみに、ゆるやかに。
俺はその瞬間、息をとめていた。
そうして目をつぶって、息を吐いた。

「皐月先輩」
「ん」

手をかざしてくいっと俺を見る。
その自然体が素敵で、俺は自然に笑顔になった。

「俺のこと、名前で呼んでください」
「なんで」
「苗字嫌いなんです、だから」

驚いたように目を開く皐月先輩を見つめる。
彼女はゆっくりと笑顔になった。

俺は嘘をついた。
軽く甘い、嘘を。

「いいよ、恭太郎」

笑顔の先輩の顔を見ながら、俺は少しだけ気がとがめた。
俺の中に流れ込んできた、生ぬるくどろどろとした、あの感情。

皐月先輩を、俺のものにしたい。

とがめるような後悔と、甘美な優越感。
俺はこの瞬間、皐月先輩への気持ちを自覚した。

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