おはようございますと
こんにちはのあいだに
あたたかいゆめにふける
俺とアナタのきみどりのじかん


きみどりのじかん


俺の名前は、犬島恭太郎。
中学の頃からバスケをやってるのが自慢です。
身長は183cm、でかいでかいといわれてきました。
でもいいです、いろいろ役に立ちますから。

ほめてくれる人もいますから。
全然いいんです。

からからと引き戸を開けると、いつものにおい。
ここは和室、見たところ誰もいない。
俺は少し進んで扉を引く。

皐月先輩はいつものようにそこに丸くなっている。

「飲む?」
「いただきます」

のそのそと動き出して、ポットから熱湯を注ぐ。
ごつごつしたおおきなうつわに、慣れた手つきで抹茶をいれた。
とんとんと作法どおりの動きのあと、早速点てはじめた。
手首のスナップ、しゃかしゃかと静かに、泡がたっていく。
きみどりでいっぱいの朴とつなうつわが、前に出される。

「おいしくなかったらごめんね」
「そんなこといってばっかですよ」
「最初に断っとかないと、うそつきになるじゃない」

ぶっとふくれてまたお気に入りのブランケットにうずくまる皐月先輩。
俺はくすっと笑って、お茶を飲む。
濃厚な抹茶の香りと、ぼうっとするようなあつさに目をつぶる。
皐月先輩のお茶。
俺は最後の泡をすすって、うつわを返した。

皐月カラ、先輩の名前は不思議だ。
芸名みたいだとふてくされるけど、とってもいい名前だ。
漢字は教えてくれないけど、カタカナの方が皐月先輩らしいと思う。
皐月先輩はずっと俺達バスケ部のマネージャーだ。
きつい言葉はばしばし吐くし、メニューはしごきだし。
それでも文句の言えない俺達後輩は、いつだって彼女を尊敬している。
皐月先輩は厳しい習い事とマネージャーを両立していた。
やりたいことは必死でやる、皐月先輩の姿を見てきたから。

皐月先輩と、偶然出会ったのは職員室だった。
鍵を借りて職員室を出て行く皐月先輩を、俺はちょっとだけ追いかけた。
皐月先輩は、するすると茶室に入っていく。
俺はひきこまれるように中に入った。

おどろいた皐月先輩の顔
あつい抹茶の香り
あきれたみたいに笑った皐月先輩の顔

俺の中に、きみどりいろの何かがするりと流れてきた

それから部活前、俺は皐月先輩のいる茶道室に行く。
今ではもう日課になった。

「最近はどうなの、女の子に追い回されてる?」
「まぁ…ぼちぼち」
「恭太郎顔がかわいいからね」
「そうやってまたからかうんだから…」

皐月先輩はうれしそうににーっと笑う。
まったく、無防備で幼稚だ。
でもそこが、部活の皐月先輩と違うところ。
俺は少し皐月先輩の隣に寄っていく。
最初皐月先輩は体を硬くしていたが、最近は慣れたよう。
うれしいような、悲しいような。

「恭太郎が人気になったら悲しいな、あたし」
「どうしてですか?」

期待して聞くけど、皐月先輩は何も言わない。
こういうとき、やっぱり皐月先輩は皐月先輩だ。

「恭太郎ー」
「何ですか」
「あー、おおきいね、うんうん、183cm」

俺の頭をぽんぽんとさわる、皐月先輩の癖だ。
俺はされるがまま、身を任せる。
皐月先輩は無言でも俺の頭をぽんぽんとさわる。
あたたかいような、むずがゆいような。
お茶を飲むような、ぼうっとした感覚におちる。

俺は知っている、皐月先輩には付き合っている人がいるってこと。
俺の部活の部長、浅香修吾。
それでも俺は、部活前に茶室に行く。

俺って、馬鹿だよね。


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