駅の柱に寄りかかって、MDウォークマンのイヤフォンコードがからだにそっている。
白い細い線は、私がきつく結んだせいでゆるいカーブを描いていた。
私はその線の先に指を滑らせる。
お気に入りの曲へと、まるいイヤフォンが誘う。
私はしばらく目を閉じて、その曲の思うまま思考を流した。

「ごめん、めっちゃ遅くなった」
「愛美」

私は愛美を小突いて歩き出した。
愛美はだってさー、と言い訳をしながらついてくる。
今日は愛美を誘って、買い物に来た。
私たちの目的は水着を買うこと、私はとってもプールに行きたかった。
私たちはお店をたくさんはしごした。
いろとりどりの水着は早く誰かに着てほしいようで、
でもこの新しさを貫きたいようでもあった。
水着たちは、まるで私たちの姿そのものみたいだった。
私たちはお昼を食べる前に買い終えて、ふたりで食事をした。
愛美は優柔不断を発揮して、なかなかメニューで迷いまくった。
私たちはたらたらとくだらない話をして、デザートも食べてお店を出た。
愛美は買った水着を満足そうに抱えて、プラットホームに消えた。

私は水着のはいったビニールバックを手に持って歩く。
私の町は、奥のほうに工場や大手企業がたくさんある。
だから電車で降りるのはサラリーマンが多い。
でも夕方、私と一緒に降りたのは、おばあさんとこどもだけ。
私は改札を出て、まっすぐに家に向かった。
私の家までの道には、ちいさな桃畑がある。
季節が来ると、桃のにおいでいっぱいになるところだ。
夏になると、数本のひまわりがぴんとのびて育ってる。
私はこの道が好きで、遠回りだけどよくここを通って帰るのだ。
私は、こんなふうに自分の町を愛してる。
とげとげしかった中学生時代を終えて、落ち着いたころから。
そして、あのできごとがおきて、それからもっと強くなった。
私はひまわりに手を伸ばそうとして、やめた。

家に帰ると、誰もいなかった。
暗い部屋を歩いて扉を空けると、目の前に広がる薄い光。
窓からさした透明な光は、オレンジをともなっている。
私は少しだけぼんやりして、カーテンを閉めた。
部屋が、すっと暗くなる。

「和馬」

私はひとことつぶやいた。
そして無性に泣きたくなった。


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