私のかわいい弟
いつも黒い靴下とハーパンでかけまわり
すぐに怒ってものを投げたり
でも笑うとかわいくて女の子にも人気で
小学生のころからやわらかい声
そんな私のかわいい弟
今ではかわいい彼女と一緒
いつまでもおねえちゃんでいいですか?
カズサトリ
お風呂あがりにタオルでぬれた髪をおおう。
うすみずいろの短パンから伸びた足で冷蔵庫をあけて、お茶をつかむ。
ガラスのコップに注いだお茶は透明で、空気のあわがぽろぽろ浮かぶ。
私はそれをゆっくり飲み干して、ぼんやり窓を見る。
そしてふいに思いたって、携帯を探しに部屋にもどった。
うすい下地に黄色の水玉がらのカーテンが、冷房でゆれている。
すいそうにうかぶあおいろの魚を見ながら、私は電話をかけた。
弟の、和馬に。
「もしもし?」
「もしもし」
「あー、さとる?」
「うん、そうだよ」
私の名前は聡、男の子みたいな名前。
でも和馬が発音すると、さとる ―やわらかいひらがなの音に聞こえる。
それがくすぐったいのに、私は和馬に呼ばれることが嫌いじゃない。
「何、どうしたの?」
「いや、用があったんだけど忘れちゃった」
「なんだーそれ」
和馬はあきれたみたいに笑う。
本当は理由なんてなくて、たんに声が聞きたかったから。
それだけの本音を、はずかしくていえないんだけど。
私はグラスのお茶に指をとおす。
「なんだっけなー、どうしよう忘れちゃったよ」
「ゆっくり思い出して」
和馬の声はおどろくほどあどけない。
私は笑ってしまいたくなるのをおさえて、お茶のなかの指をまわした。
「和馬声がわりしたね」
「嘘? そうかなー」
「うん、前はあんなにかわいい声だったのにね」
でもその芯はやっぱり、まだあどけない。
私はコップから指をぬいて、口に含んだ。
和馬は声がわりしたことを言う私に喜んで、少し饒舌になる。
「ねぇ君、彼女できた?」
「…できたよ」
照れたみたいな、ちょっとぶっきらぼうな声。
私は少しだけ間をおいて、お茶を口にする。
魚がくるりと裏返った。
この子はいつもこうやって、死んだみたいに眠るのだ。
「どんな子?」
「…優しい人だよ、とっても」
「君はちいさいときから好きになる子は『やさしい』が重要なんだね」
「だってそれはそうでしょ、ニンゲンなんだから」
和馬がいうと人間も、ニンゲンに聞こえる。
私にとって和馬は、いつまでたってもただのかわいい弟だ。
そう思って、私は一度目をつぶる。
和馬の声は、やっぱりあどけない。
NEXT?