[PR] アクアクリニック ヒカリムシ*2









転校初日、それは案外スムーズに進んでいった。
あいさつと自己紹介は緊張さえしたが、意外と普通だった。
入学初日の自己紹介を、ただ黒板の前でやるだけ。
黒板に書かれた先生の文字、小山博之の「小」がちょっと微妙だった。
俺が自己紹介で覚えているのはそれだけだ。
そのあとにもっとすごいことがいくつも起きたからだ。

「ヒロ!」
「え?」

自己紹介が終わったとたんに、机を倒す勢いで立ち上がった。
そしてそいつの顔がふにゃーっとゆがむのを見て思い出す。

「寛治?!」
「ヒロー、そうだよ寛治だよ、綿貫寛治」
「お、俺は小山博之だよ」
「今自己紹介したじゃん」
「あ、そうだった」

小学校のときに仲の良かった綿貫寛治。
4年生のときにあいつは転校していった。
俺はやつの引越しトラックを泣かずに見送った。
もちろんそうだ、行った瞬間わんわん泣いた。
あいつが窓に向かって、ふにゃーっとした悲しい笑顔だったからだ。
お人よしでなんか間が抜けてて、いいヤツだった。
…まぁ目の前にいるから、もうこれ以上思い出に浸ることもないわけだ。

感動の再開をしたあと、俺は先生に一番後ろの席に行くように言われた。
俺はかばんを抱えて机と机の間をいそいそと歩いた。
それなりに興味の目で見られてどぎまぎした。
そして自分の席について、寸前までのどぎまぎが嘘のように吹き飛んだのだ。

空席の隣に座る少年。
肩の上辺りまでのびたストレートの彼の髪は、驚くほど真っ白だった。
それだけじゃない、シャツからのびた手も白く、細かった。
一瞬戸惑ううちに、うつむいていた少年の目が俺をとらえた。
その瞳は、彼の体から必死で飛び出すように真っ赤に輝いていた。
驚いて息を呑むと、彼は目をしばたいてうすい唇を開いた。

「ぶー」
「…は?」
「いや、うさぎって鳴くらしいですよ、たまにはね、『ぶー』って」
「…はぁ」
「僕ってウサギみたいでしょ見た目、だからね、あいさつはウサギ語ってことで」
「…はい」
「よろしくね、小山博之君」

澄んでいて細い声でそう言うと、前を向いてうつむき、そして突っ伏した。
そしてすぐに、うすい寝息をたてはじめる。
俺は完全に出遅れて席に座れずにしばらくウサギ少年を見ていた。
昼の寛治の説明があるまで、彼の名前が「白鳥胤」ということまで知らなかった。

「あー、白鳥?ちょっと普通じゃないな」
「…ちょっと?」
「うん、まぁ全部の授業はほとんど寝てるとか、お弁当がきゃべつとかそんくらい」
「…ちょっとかそれ」
「あと、お前あすこのでっかい家みた?」
「あー、マンションの近くの豪邸ね」
「あれが白鳥の家」
「へぇー、ぼんぼんなんだ」
「そこらのぼんぼんとはわけが違うからねー」
「何それ」
「ここの学校の土地とかも、白鳥家のもんだからね」
「へぇー」

漫画みたいなぼんぼんに驚いていると、寛治は少し咳払いした。
そして突然うつむいて、はっと顔を上げた。

「白鳥のことはどーでもいいの」
「何」
「俺はね、この授業中ずっとずっと考えてたんだ」
「はぁ」
「行くぞ」

そう言うと俺の背中をつかんで席を立つ。
俺はひきずられるようにしてついていく。
しばらく歩いてたどり着いたのは最上階の角にある教室。
そこまで来て寛治ははじめて俺に向き直った。
俺の目をまっすぐ見て、真面目に答えろよ、と切り出してゆっくりと話しはじめる。

「お前、お化けとか信じる?」
「はぁ?」
「いいから、真面目に答えろ」
「お化け…うんまぁ信じるよ」
「じゃあさ、昔ヒーローモノにあこがれたことある?」
「はぁ?」
「だから、真面目に答えろよ」
「…うん、あれ、仮面ライダーとかなりたかった」
「そうかそうか、そんならいいや」
「だから、さっきから突然一体なんだよ意味分かんないよ、俺転校初日だぞ?」
「いいのいいの、さぁ入ってくれ」

がらがらと古い引き戸を開けると、寛治は俺を中に押し込んだ。
つまづくようにして教室に入ると、そこには人がひとりいた。

「あ、寛治」
「あれ小杉以外来てないの?」
「うん、まだみたい」
「なんだ残念だなー、せっかく転校生連れてきたのに」
「あ、彼が?」

やわらかい表情で立ち上がって俺の前に歩いてくる。
茶色い髪が、女みたいにさらさらゆれた。

「はじめまして、俺小杉秀介、小山博之君でしょ?よろしく」
「あ、どうも」
「ちょっと待っててね、もうすぐ他の人も来るから」

そう言って自然な流れで手元の書類をまとめる。
俺が現れると、どうしてここの学校の人は紙をまとめたがるのだろう。
そして、彼 ―小杉秀介− のこの雰囲気、温和そうに見えるが、何か違う。
そう思うと急に不安で、俺は寛治に助けを求める。

「おい、ここって何なんだよ」
「まぁまぁ、ちょっと待っててよ」
「何かの部活の勧誘ならもう少しまともにやってくんない?」
「いいから、ちょっと落ち着いてよ」

なだめられているようでムカついて、俺はそこらへんの椅子に腰掛ける。
それと同じくらいに引き戸ががらがらと開いて、誰かが勢いよく入ってきた。

「あー、あー、くっそ、あのクソ野郎、いっぺん絞めてやりたい」
「何また補習? こりないなお前も」
「るせぇな、てめぇに言われる筋合いないんだよ」

寛治の冗談を一刀両断して、どかどかと前進していく。
大きな音を立てて椅子に座ると、俺を見つけて奇妙な顔をした。
少し整った顔をしているなと思った。

「あー、お前誰?」
「え…」
「おい彰人、初対面に向かってそれはないだろ」
「あ、わりぃわりぃ、俺機嫌悪いとまわり見えなくなんのよ」

長い前髪をいまいましげにかきあげて、目をつぶる。

「あれか、C組の転校生か、小山博之か」
「はぁ…」
「あー、俺人見知りしちゃうだけだから安心してよ、いい人だから」
「…はぁ…」
「速水彰人、よろしこ」

そう言うと思い切りあくびをして涙をにじませた。
ずいぶんと自由奔放な人だ。

「つーかさ、俺が呼び出されたの絶対、斉賀梅雨のせいなんだけど」
「あら、あいつに見つかっちゃったの? そりゃ逃げらんないわ」
「だろー?あいつ見た感じはちっちゃくて華奢なのに意外と力とかあるし」
「口は悪いし威圧はするし?」
「ある意味最強だよな、弱点もないし」

さいがつゆ…?
俺はふりかえって寛治に聞き返した。

「さいがつゆって、誰?」
「え? あー、斉賀梅雨ね。彰人と同じAクラスのヤツ」
「ふーん」
「負けん気が強くて結構有名でさー、あ」
「何?」
「いや、あいつあれなんだ、特待生」
「え、何、超頭いいの?」
「違う」
「斉賀はね、舞士なの」

小杉秀介が笑顔でそう言う、彼の手元にはもう書類はなかった。
舞士 ――全校生徒の前、儀式のごとく踊るための特待生。
学年に少なくとも何人かいて、学校行事には毎回出演するらしい。
この土地に住む神様を祭るために、開校前から行われている。
この学校の特色ある、由緒正しき風習だそうだ。

「その舞士が、斉賀梅雨?」
「うん」
「その…なんかすごいの?」
「あー、めっちゃくちゃ体柔らかいんだぜ!」
「あ、そう…」

自信満々に速水彰人が言うので、苦笑してしまった。

「それにな、なんかあいつ、特殊な道具が使えるから選ばれたんだって」
「へぇー」
「とにかく、いろいろ変わったヤツでさー」

そのあとは斉賀梅雨がどれだけ特殊かという論議になっていた。
俺はあの日にあったことを言わずに、静かに思い出す。
喉に当てられた金属物、冷たすぎる視線。
そんなヤツが、神様を祭るために学校に通っていると思うと奇妙だった。
そして隣にいたコウシロウ…彼も舞士なんだろうか?
扉のあく音がして、俺は他の人と同じようにそちらに視線を動かした。

「やっと見つけてきた、あー疲れた」
「だって今日集まるって誰も教えてくれなかったじゃないですか」
「お前阿呆か、今日は転校生の来る日だって前にも言ったろ」
「あ、お疲れ巧」

首の骨を鳴らしながら入ってきたタクミと呼ばれた眼鏡男子。
眼鏡の奥の目はとても美しく、めがね萌えーといわれていそうな人だった。
そしてその後ろから眠そうに目をこすって入ってきたのは、白鳥胤。
俺は驚いて目を見開いた。

「あ、小山博之君。君が転校生でしたね」
「あ、はい」
「お前席となりになったじゃん、ちゃんと覚えとけよー」

寛治が眉毛をハの字にして笑った。
眼鏡男子は速見彰人の隣に座ると、俺の方を向いた。

「都賀巧、よろしく」
「あ、小山博之です」
「で、どうよこの連中。俺達とやっていける気にはなったか?」
「え?」
「え、って…だから、俺達とやっていけるかって」
「…何を?」
「おーい、お前らまだ話してなかったのかよ」

都賀巧は顔を向こうに向けて寛治をにらんだ。
寛治はへらへらと笑った。

「だってみんなそろってからの方が良かったかと思って」
「そーいうのは要領よくやっとけって」
「ほらお前、俺の言ったとおりじゃねぇか」
「彰人はなんも言ってないじゃん、暴言はいてたし」
「るせぇ」

俺はやっと、ここに呼ばれた趣旨を聞けるようだ。





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