あたしの頭の中は、汚いことでいっぱいだった。
あたしの家族を殺した手で、今度は男をまさぐっている俵芳和。
堀の深いそのよい顔を、汚い欲望にまみれた男にむけている。
その目はにごっていて、汚い。
あたしはそれをぬぐうために、膨大な数を頭に叩き込む。
でも、汚い想像は膨らむばかりで、目頭が熱くなる。

「あんなやつのために」

泣くもんか。
たとえ理由の根源にあたしの家族がいようとも、あいつのためになんか。
あたしはベッドから起き上がってシャツを脱いだ。
素肌が空気に触れて、ゆるんでいく。
そのまま部屋を歩きまわって、新しいシャツを着た。
あたしは急いで部屋を出た。

想像したとおり、体育館にはバトン部が練習している。
あたしが目を向けると、園子がへたくそに腕を振り回していた。
あたしはそれを凝視していると、園子はあたしに気づいた。
そして思いっきり駆け寄ってきて、半笑いであたしをひっぱった。

「教えてよ、うちこの腕の何とかローリができないんだ」
「ダブルエルボーロールでしょ」
「そうそう、ダブレリローリ」

園子は技の名前を間違ったまま、あたしにバトンを握らせた。
にこにこして、説明を待っている。
あたしはあきれて、ゆっくりとコツを思い出す。


「まずは基本のかたちを忘れない」
「うん、こうだよねっ」
「違う違う、ひじが上がりすぎ」
「あ、はは」
「いち、に、さん このかたちを絶対崩さないで」
「はいっ」
「それと、バトンをきちんと握って」
「こうだね」
「そう、それを自分のからだに近いとこにのせて」

深いところに、思い切り切り込んで。
そうすれば、きっと成功する。

ふかいところに
おもいきりきりこんで
そうすれば
きっと

せいこうするはずだから
何もかもせいこうするはずだった
ふかいところにきりこんでみたら
すべてがぱっとひらけるはずだった

「あたしは…」

あたしはもう、きりこみすぎた
もうきりこむすきもないよ、研二

「倉田さん?」

園子の声に我に返る。
園子は心配そうにあたしを見ている。

「もしかしてへたくそすぎてあきれて意識とんだ?」
「いや、そんなことはないけど」
「やだ、倉田さん青白いよ、大丈夫っ」

あたしの顔を覗き込もうとする園子をさえぎって、あたしはとびだした。

あたしは自分の本心を知った。
本当の自分が、本当はどうしたいのか。
あたしはもう、切り込むすべをなくした。
だから、決めた。

ごめんね、研二。

あたしは部屋に帰って台所にたった。
そして、一本の包丁を握りしめる。
あたしは、約束の日を待つ。

NEXT?