あたしはその日を一週間後に指定した。
研二はその返事を月曜日には持っていくそうだ。
あたしはその返事の返事が来るのを待っている。
あいつが、どうしたら内臓全部吐き出すくらい苦しむだろうか。
あいつが、どうしたら体中の血液すべて垂れ流して苦しむだろうか。
あいつが、どうしたら自分の精神が根元から腐っていく音を聞くだろうか。
そうして怯え恐怖し朽ち果てるその一瞬までも、あたしは記憶する。
それを一生胸に刻んで生きていく。

一生 胸に 刻んで 生きて

生きて

あたしは強く目をつぶって、ゆっくりコップを置いた。
あたしが8歳のときに、どこかのテーマパークか何かでつくったコップ。
できあがったとき、あたしはそれを手にしてとても喜んだ。
父さんは、よくできてるんじゃないかとほめてくれた。
母さんは、まあはみ出たところも味だよねとからかった。
遼一は、おれのの方がでかいぞと自慢げだった。
あたしはそのとき、こどもながらに家族の大切さを不意に実感したのだった。
コップの中には、昨日つくりおきした紅茶がはいっている。
購買部で買った豆乳と一緒にいれて飲むとおいしい。
こころも落ち着くはずだった。

あたしはひとつため息を吐いた。
白地の机は、まだ新品で傷もない。
隣の本棚にはたくさんの本が入っている。
青が好きなあたしのために、かあさんが買ってきた青い表紙のきれいな本。
青空の下で、少年がひとり、強く生きていく話。
少年の周りは、それはそれはむごいことばかりで、見るも無残だった。
それでも、少年は孤高の少女と出会うのだ。
ふたりは、お互いをけずるように理解していく。
青空の下、少年が壮絶な最期を遂げるまで。
あたしはその話が好きだった。
少女は青く鋭い何かをまとっていたから。
ラストは、少女が少年の分まで何かを背負って生きていくから。
あたしはその本の背表紙を人差し指で引いてみた。
そしてしばらくして元に戻した。

生きて生きて生きて生きて生きて
いく

あたしは床に座り込んだ。
そうして丸くなって、目を閉じた。




月曜日の夕方、あたしはまた寮をぬけだして廃屋に向かう。
研二が先に座って待っていた。

「あのおじさんが、返事は2日後って」
「そう」
「だから、また水曜日に行ってくる」
「そう」

あたしは壁に寄りかかって適当に答えた。
研二はまゆげをハの字にしてこっちを見ている。

「涼夏」
「何」
「…わらびもち、持ってきた」

あたしは研二から器を受け取って、ひとつ口に入れた。
黒蜜の甘みと、もちのやわらかさと弾力が舌に広がる。
あたしは素直においしかったから、もうふたつ食べて返した。
研二は腰を曲げるようにしてあたしから受け取ったわらびもちをひとつ食べて座った。
そして、もうひとつ、ふたつ。
あたしは、もぐもぐと口を動かしている研二のほおをつねった。
研二のほおは少し汗でつるつるしている、そしてあたたかい。
研二はたまに痛そうにして目に涙を浮かべるけど、何も言わない。
それはもう、あたしたちの日常だった。

日常にちじょうニチジョウ

あたしは不意におそろしくなって、手を離した。
研二は不思議そうな顔であたしを見た。

「涼夏…?」
「やだ」

あたしは愕然とした。
なんてことだ、日常にちじょうニチジョウ。

「どうしたの、涼夏…?」
「やだ、いやだやだ嫌だいやだ嫌だやだッ」

あたしは今すぐここから出ようとして、向こうを向いた。
あたしはここにいたら泣いてしまう、吐き出してしまう、壊れてしまう。

肺の震える声で逃げようとするあたしの腕を、
あの日みたいに研二はしっかりとつかんで離さなかった。

そうしてあの日みたいに、あたしたちは倒れた。
であったばかりのあたしたちに、戻った気がした。

NEXT?