僕はその手紙を家に帰るまで開けなかった。
浩二と昼飯を食べているときにも、話さなかった。
浩二は黙々とオムライスを平らげて言った。

「今まで兄貴に会いに来たやつなんていなかった」
「…でも、芳にぃって人気だったよね」
「まあね、でもうわべだけだったって言うか」
「…」
「いや、そうでもないかも あんなことしたらどんな人望あってもね」
「…それは」
「だから研二は貴重なんだよ」

浩二は安っぽいコップの水を飲み干して席を立つ。
僕もあわてて後を追いかけた。
昔の浩二はこんなにつんけんしていなかった気がする。
兄貴の陰に隠れて、ちょっとずつちょっとずつ努力するタイプ。
きっとその苦労も、芳にぃのおかげで流れてしまった。
そんな気がした。
僕が自分の家についたのは、午後7:00過ぎだった。
ポケットに入れておいた手紙を取り出して、丁寧に伸ばす。
そして、ゆっくりと封筒を開けた。

 研二へ

浩二と一緒にお前が来るなんて、最初は本当に驚きだった。
俺は最近誰とも会ってない。弁護士も来なくなった。

あのときのことはよく覚えていない。
ただお前に選ばせた女を探して、予定通りにマンションのドアをこじ開けた。
そこには三人人がいたのを覚えてるけど、
ひとりひとりをどうやって殺したかも覚えてるけど、
でもやっぱり、俺はそのときのことを鮮明に思い出せない。
思い出すと、吐き気がしたりすんだ。
俺は本当に馬鹿だった。どうしてあんなことしたんだろう。
今となっては過去のことで、変えることもできないけど。
でも俺は、どうしてもあの子、倉田涼夏に謝りんだ。
手紙なんか通したくない、直接会って、罪を償わせてもらいたい。
彼女の過去も今も未来も、俺が壊したのだから。
いっそのこと彼女の手で、殺してもらうのもいいかもしれない。

研二がどうして俺のところにくることにしたのかはわからないけど、
俺はこれがチャンスだと思って手紙を書いた。
実は俺、ここから外に出る方法がある。
だからお前がどうにかして、彼女に会える手立てを作ってくれないか?
俺からの、最後の願いだと思って聞いてほしい。
俺は三人の人間を殺した、死刑確実だ。
だから俺は、どうしても、倉田涼夏に会いたいんだ。
返事を書いてくれるのなら、手紙をわたした係員に託してくれるとうれしい。
俺はあいつと契約を結んでるんだ。
返事待っている。

 俵芳和


涼夏は僕からその手紙を取り上げてじっくりと読んだ。
そうして口の端を吊り上げて言った。

「結構なご身分ね、こいつ」
「…」
「あたしの家族全員殺しといて、吐き気だって」
「…」
「吐きすぎで胃腸まで出しちゃえばいいのに」
「…涼夏」
「あー、あたしが吐きそう」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ、あっち行け」
「涼夏…」
「こんなヤツ…もっともっと苦しめてやるから」
「…」
「父さんや母さんや遼一が味わった苦痛の何倍も、何十倍も」

涼夏は手紙を放った。
僕はそれを拾い上げて、たたんでしまう。
涼夏はわなわなと震えていた。
僕の肩をつかんで思い切りひきあげる。
その反動で起き上がった僕を、また思い切り床にたたきつけた。
痛みで涙がにじんだ。

「このド阿呆 何そんなもん拾ってんの」
「芳にぃに、会いたいんじゃないの」

涼夏の目は冷ややかに僕を凝視した。

「会いたいかって」
「…」
「会いたいわ、それはもう、ずっと会いたかったわ」
「じゃあ…返事を書くよ」
「何て」
「涼夏が了解したって」

涼夏は僕から手を離すと、さっきの場所に戻っていった。
手招きされて、僕は隣に座った。

「顔見せて、研二」
「うん」
「また泣いてる」

涼夏は笑った。

「返事出していいよ」
「…涼夏」

――君はもしかして、復讐するの?
君の家族にしたみたいなこと、芳にぃにするの?
それとももってひどいことするの?
――でも僕は、たとえそんなことをする君だって知りたい。
だから、何もかえりみなくていいよ。

僕の目を見ないで、涼夏はほおをつねった。

「殺したりはしないと思うよ」
「…」
「でも、内臓全部吐き出すほど、苦しんでもらうよ」
「…涼夏」
「そんときは君も罪人のあたしと道連れだからね」
「うん」
「地獄の底まで、つれていってやるから」

そう言って僕のほおをまた、つねった。
涼夏の手は、少しだけ震えていた。

涼夏、君と行けるところなら、僕はどこへだってついて行くよ。
僕は君の、忠実で弱い、犬だから。

NEXT?