あたしは蛇口を思い切りひねる。
さっき歩いているときに見つけた、ぼろぼろの蛇口。
ほこりだらけのホースをつないで。
そして惜しげもなく、研二に向けた。

水は勢いよく噴き出した。

研二は顔を背けようとして目をつぶる。
でもあたしはそれを許さない、だから研二が顔を動かす方向にホースを動かす。
咳き込む研二。
あたしは笑う。

蛇口を閉めて、ホースを放り投げる。
あたしは革靴の音を聞きながら、研二のところへ歩いていく。
ぼろぼろの革靴は、週に一回一生懸命磨いて使ってる。
底がすりへって剥がれ落ちそうだけど、使っている。
母さんが、週末買いに行かなきゃねって、言ってたから。
あたしは母さんと、買いに行かなきゃ。

研二はびしょびしょの髪の毛の間から、あたしを見ている。
その目は恐怖でおびえて、悲しそうに泣いている。
あたしは気づいた。
気づいてしまった。

「あたし、君のその顔が見たい」

研二は驚いたような、よくわからないような顔をする。
だからあたしはホースを投げて、研二をひっぱたいた。
研二はまた、目をつぶって顔を背けた。
その顔があたしの方を向くのを待った。
研二は、じりじりとあたしの方に顔を戻す。


「そう、その、弱くて、あたし意外何も見えてない顔が見たい」

その汗も涙も、その悲しみも苦しみも痛みも。
みんなみんな、あたしが君につきさしたもの。

「もっと苦しんで、もっと悲しんで」

そうして泣いている君の顔をじっくり観察する。
はじめて会ったときから、君のうるむ目に心臓が高鳴った。
それは罪悪感でも恋愛感でもない、鋭い気持ち。

もっともっともっともっともっと

「あたしのために泣きなさいよ」

あたしの後悔も罪悪感も苦しみも悲しみも。
今、君にあげるよ。

嘆きと恥辱を、痛みに変えて。



研二がぼろぼろになったころ、あたしはその縄を引いて廃屋を出る。
研二は泣きつかれた目をして、あたしを見ている。
あたしはそんな研二のほおを触る。
研二は驚いたみたいに、はっとして目をつぶった。

このほおも、この瞳も、全部全部あたしの管理物。
研二のほおは、つめたかった。

ロープは解かない。
誰もいない道を、あたしと研二は一列で歩く。

「研二」
「なに?」

研二は、あんなことされたあとでも、声がかわいい。
ちからはなくて、弱弱しいけど。

「ねぇ、あたしの犬なんでしょー」
「そうだよ」
「変態」

研二は黙って歩く。
あたしは思い切りロープをひっぱって研二を引き寄せた。
横に並んだ研二は、170cmのからだでよろけながらバランスをとった。
この子は普通の男子だ、見た目は。
でもびしょびしょで、疲れきって、そうは見えないのかもしれない。

「ねぇ研二」
「なに?」
「鳴いてよ」
「…それは」
「わん、て 鳴いてよ」

あたしは横にいる研二の存在をなぞりながら言う。
研二は、少し躊躇して鳴いた。

「わん」

ちいさな声は、あたしの胸にしっかり届いた。
だからあたしは、ロープをひきつけて言った。

「変態」

研二は、悲しそうにもう一声鳴いた。

NEXT?