あたしは蛇口を思い切りひねる。
さっき歩いているときに見つけた、ぼろぼろの蛇口。
ほこりだらけのホースをつないで。
そして惜しげもなく、研二に向けた。
水は勢いよく噴き出した。
研二は顔を背けようとして目をつぶる。
でもあたしはそれを許さない、だから研二が顔を動かす方向にホースを動かす。
咳き込む研二。
あたしは笑う。
蛇口を閉めて、ホースを放り投げる。
あたしは革靴の音を聞きながら、研二のところへ歩いていく。
ぼろぼろの革靴は、週に一回一生懸命磨いて使ってる。
底がすりへって剥がれ落ちそうだけど、使っている。
母さんが、週末買いに行かなきゃねって、言ってたから。
あたしは母さんと、買いに行かなきゃ。
研二はびしょびしょの髪の毛の間から、あたしを見ている。
その目は恐怖でおびえて、悲しそうに泣いている。
あたしは気づいた。
気づいてしまった。
「あたし、君のその顔が見たい」
研二は驚いたような、よくわからないような顔をする。
だからあたしはホースを投げて、研二をひっぱたいた。
研二はまた、目をつぶって顔を背けた。
その顔があたしの方を向くのを待った。
研二は、じりじりとあたしの方に顔を戻す。
「そう、その、弱くて、あたし意外何も見えてない顔が見たい」
その汗も涙も、その悲しみも苦しみも痛みも。
みんなみんな、あたしが君につきさしたもの。
「もっと苦しんで、もっと悲しんで」
そうして泣いている君の顔をじっくり観察する。
はじめて会ったときから、君のうるむ目に心臓が高鳴った。
それは罪悪感でも恋愛感でもない、鋭い気持ち。
もっともっともっともっともっと
「あたしのために泣きなさいよ」
あたしの後悔も罪悪感も苦しみも悲しみも。
今、君にあげるよ。
嘆きと恥辱を、痛みに変えて。
*
研二がぼろぼろになったころ、あたしはその縄を引いて廃屋を出る。
研二は泣きつかれた目をして、あたしを見ている。
あたしはそんな研二のほおを触る。
研二は驚いたみたいに、はっとして目をつぶった。
このほおも、この瞳も、全部全部あたしの管理物。
研二のほおは、つめたかった。
ロープは解かない。
誰もいない道を、あたしと研二は一列で歩く。
「研二」
「なに?」
研二は、あんなことされたあとでも、声がかわいい。
ちからはなくて、弱弱しいけど。
「ねぇ、あたしの犬なんでしょー」
「そうだよ」
「変態」
研二は黙って歩く。
あたしは思い切りロープをひっぱって研二を引き寄せた。
横に並んだ研二は、170cmのからだでよろけながらバランスをとった。
この子は普通の男子だ、見た目は。
でもびしょびしょで、疲れきって、そうは見えないのかもしれない。
「ねぇ研二」
「なに?」
「鳴いてよ」
「…それは」
「わん、て 鳴いてよ」
あたしは横にいる研二の存在をなぞりながら言う。
研二は、少し躊躇して鳴いた。
「わん」
ちいさな声は、あたしの胸にしっかり届いた。
だからあたしは、ロープをひきつけて言った。
「変態」
研二は、悲しそうにもう一声鳴いた。
NEXT?