学校がはじまってから、僕はまた部活づけになった。
夏休みの練習を経験した僕達は少しからだががっしりしてきた。
僕も、今まで歯も立たなかった先輩に一本決められるようになっている。

相手と向かい合っている、この緊張感。
今最も実力が上がっているという、2年の木戸先輩。
先輩の目が僕の目とあう、一瞬の間を探りあうふたり。
突然、その先輩の目が涼夏の目と重なる。
そしていつしか僕が戦っている相手が、涼夏になっている。
涼夏はまっしろな胴着を着て、僕をにらんでいる。
そのきれいな白目には赤い線がてらてらと光っている。
そして僕に、憎悪だけでつっこんでくる。
僕は成すすべもなく涼夏の強靭な手に背中をひきこまれる。

バシッ

僕はたたみに叩きつけられている。
先輩が僕の腕を引き上げて立たせてくれるけど、僕は立てない。
先輩は驚いて僕の頭をはたいた。

「何してんだ高橋、大丈夫か調子悪いのか」
「いや…すみません」
「お前ここんとこおかしくないか、ちょっと頭冷やして来い」
「すみません」

僕はふらふらと道場を出て、水道に向かう。
顔を洗いながら、さっきの涼夏の顔を思い出す。
たったひとつの憎悪だけで、僕に突っ込んでくる涼夏。
君の背負ってるものは、きっと、僕には計り知れないくらい重いんだ。
僕が背負わせた、その憎悪。
僕が背負わせた。
僕が。

「おい高橋、お前もしかして彼女できたから悩んでんのか」

突然声がして僕がふりかえると、木戸先輩が笑いながら僕を見ている。
水と汗まみれの僕の顔をぐっとつかんで、フェンスの方向にむけた。

そこに立っていたのは、涼夏だった。


「あれだろ、東京からきたっていう」
「はい…」
「なんだあんまりかわいくないな、目力だけはあるって感じだ」
「…」
「でもあれだ、意外と雰囲気がいいかもな、いやかわいいかもな」

木戸先輩はそれだけ言うと、僕をうながした。
僕は黙って涼夏のところに歩いていった。
涼夏はいつもどおりの制服姿でかばんを持っている。

「胴着なんか着てるんだ」
「うん…僕、柔道部なんだ」
「いいご身分ね、こっちきな」

僕が黙って近づくと、涼夏は僕の両手をつかんだ。
そして器用にロープで縛った。
唖然としている僕を、涼夏はじっと見つめていった。

「行くよ、研二」

涼夏は、僕の手のロープを思い切りひっぱった。

*

黙って歩き続けた涼夏は廃屋に入った。
僕と芳にぃが昔ここで遊んだことは、きっと知らない。
涼夏は僕を縛ったロープを柱に縛りつけた。

「あたしのことおかしたかったわけ」

僕は、驚いてから、顔を横にふった。
涼夏は僕のことを見ない。

「あたしのこと知ってて近づいたわけ」

僕は何もいえない。
涼夏はふりかえって僕の方に缶を投げつけた。
渇いた音が僕の耳をつんざく。

「あたしのこと、影で笑ってたんでしょ」

涼夏は手に何か握っている。
それを持って、どんどん近づいてくる。

「あたしをこんな不幸に陥れた相手が自分だって知ってて」

手に握られたものは、細長い筒状のものだった。
それは青く鈍く光っている。

「その相手に、何もかも話しているなんて」

涼夏の声は冷静だ。
冷静で、冷血で、感情は何もかも感じられない。
ただ涼夏のまわりからは、憎悪だけが感じられた。

「とんだ笑いものだよ、あたしは」

涼夏が、笑った。

NEXT?