あたしは研二が何を言いたいのか分からなくていらいらした。
だから研二を見ないで、ベタを眺めた。
あたしの選んだベタ、やっぱりきれいだ。

「そうして、それから1週間してからテレビに出た」

その言葉を発してからの研二は、淡々としゃべり続けた。

僕とばあちゃんがふたりでテレビを見ていた、それは突然だった。
芳にぃの顔がいっぱいに映し出されて、臨時のテロップが流れる。
ばあちゃんと僕は、しばらく黙って見ていた。
そしてそのニュースが終わると同時に、僕は食器をかたづけた。
急いで自分の部屋に戻って、パソコンをつけた。

ネットではそこら中で芳にぃを取り上げていた。
個人のブログから、大手のニュース欄まで。
僕はそれを片っ端から読む、全て、残らず読む。
芳にぃが、大手の食品会社の社長の息子だということ。
ルックスも能力も人並み以上なのに、何故こんなことをしたのかということ。
何より取り上げられ始めていたのは、芳にぃの性癖だった。
芳にぃは偽名をつかって、いくつもの女子暴行ゲームをネットで購入していた。
それは全てが高校生や中学生の少女をターゲットにするものだった。
でも、芳にぃの起こした事件とは違う内容だ。
だから皆、半信半疑だったのだ。
彼の起こした事件では、対象にされたのは少女じゃなかったことが。
芳にぃが起こしたのは、一家惨殺事件だったのだ。

ばあちゃんはその後も、芳にぃの家に電話をかけたりはしなかった。
きっと今頃大変だろうからね、芳君がしたこともしてないことも全てわかるよ。
ばあちゃんはそう言って、ニュースを見続けた。

芳にぃがどうして少女を殺さなかったのかは、数日後はっきりとした。
狙っていた少女が、ちょうど家にいなかったからだという。
その少女を殺すためだけに練られた緻密な計画は、その場で一気に破綻した。
そうして彼は狂ったように、その家にいた住人をかたっぱしから殺したのだそうだ。 

僕はネットを駆け回った。
その少女のことが知りたくて、必死で、かたっぱしから。
そうしてわかった、殺された少女と家族が笑顔で写っている写真を発見したのだ。
その子は目線こそ引いてあったけど、笑顔だって目の大きさだってわかった。
その子は間違いなく、僕があの日、芳にぃに差し出した写真の子だった。
そこら中に警戒心を向けたみたいな、緊張した面持ちの。
でも、僕がネットで見つけたその子は、家族の中で、心底しあわせそうな顔をしていた。
なんの心配もなく、なんの敵もなく、全てに安心していたその子が。
僕は、その画像を見ながら泣いた。

彼女の名前は、倉田涼夏。
倉田さん一家殺人事件の唯一の生き残り ――芳にぃがターゲットに選んだ少女。
違う、僕がターゲットに選んだ少女。

その後は、彼女に近づこうと必死だった。
今の住所を調べたり、交友関係を調べたり。
僕はその仮定で、芳にぃが差し出したもう一枚の写真の美少女が橋本奈々だと知る。
異質な彼女に、唯一近づこうとした、気弱な女の子。
僕は毎晩、橋本奈々に自分を重ねて泣いた。

そうして泣き明かした1週間後、僕の町の女子高に転校生が来る話を入手する。
その転入生が、倉田涼夏だと知ったとき、僕はまた泣いた。

彼女から全てを奪った僕のできること。
それは、彼女の下僕に ――たとえば、犬になること。

君に出会ったのは、そんなことを考えていたあの川原だった。
僕はいつも君のことを考えては河に飛び込んでいた。
最初は死について考えていた僕が、やがて君に夢中になっている。
水中の中で、その苦痛が僕の快感に変わった。
水中の中で、僕は見えない涙を流し続けた。

「君に虐げられることこそ、僕の全てなんだ」

研二はそう言ってあたしの足にすがりついた。
あたしは身動きが取れなかった。
身動きどころか、思考のひと歯車でさえ、動かなかった。

「僕に罪滅ぼしをさせて、もっともっといたぶって」

――そういうことだったんだ。
あたしの中の卑しい疑問が全て、いとも簡単に解けていった。
あたしに近づいた理由。
あたしを変質的関係の相手に選んだ理由。
あたしに付き従う理由。

あたしは、研二を思いっきり突き飛ばした。
倒れこむ研二の上に馬乗りになって、襟をつかんでゆさぶった。

「よくも」

よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも

研二は目を見開いている。
その目に、あたしを、あたしだけを映してやる。

あたしを、裏切りやがって裏切りやがって裏切りやがって裏切りやがって

あたしは研二のほおを思い切りひっぱたいた。
研二は顔を左に倒しながら目をつぶる。
あたしはまた、研二の顔をつかんであたしの方をむかせた。
研二の目が、恐ろしさで泣いている。
その目が、あたしだけ見ている。

「もっともっと、辛い思いさせてやるから」

あたしは研二の襟を強くゆさぶった。
研二は泣きながらくちびるを噛んで声を押し殺している。

「もっともっと、泣かせてやるから」

恐怖で潤む、今までとは違う研二の瞳。
あたしは笑った。
あたしの涙はもう、一滴も出なかった。

NEXT?