研二はあたしの手をとる。
そうして、ちょっとだけひっぱった。
あたしは研二の行きたい方向に行こうと思った。
研二はまっすぐ、ベタみたいな魚のいる水槽に向かった。

「これに似てるの?ベタって」
「うん、ちょっと似てる」
「こんなにきれいなのに、殺しあうの」
「そうだよ、バトルロワイヤル」
「そう」

研二はそれを黙って見つめる。
あたしも近づいて見つめる。
昔の家にいた、あおいきれいなベタを思い出す。
ちいさなビンにはいって、ゆらゆらゆれていた。
でもそいつはすぐに死んでしまって、あたしはまた他の魚を飼った。
ちょうど高校に入るまえのことだ。

「ベタ好きなの?」
「うん、きれい」
「そうだね」
「でもあたし、そのあとにはちいさくてまんまるな魚を飼ったの」
「へぇ」
「でもそいつは、凶暴で強情っぱりだったよ」
「そう」

研二はまた、あたしの目を見て手をひいた。
あたしはなんだかおかしくって、研二をひっぱって歩いた。
研二の手は、少しあせばんでた。

水族館を出て、またバスに乗る。
研二は黙ってあたしに寄り添っている。
あたしはまた、研二のズボンのポケットをつかむ。
研二は何も言わない。
あたしはまたバスの窓から外を見る。
みどりいろが、少しずつ茶色に変わっている。
ちょっと残念だった。


終点のふたつまえの駅で、不意に研二は立ちあがった。
あたしは驚いて研二の手をひくけど、研二は引かない。
逆にあたしの手首を握って、ずんずん進んでいく。
あたしと研二は、バスから降りてしまった。

「研二、何してんの」
「…」
「ここどこよ、いったい何なの」
「行こう」

研二はまたあたしの手首をつかんで歩き出す。
あたしはなんだか不愉快だった。
それに、居心地が悪かった。

着いたのは熱帯魚店と書かれたダサい看板のある小さい店。
唖然としているあたしを尻目に、研二はまたそっと合図する。
黙って連れて行かれると、研二は水槽をのぞいては歩き出す。
こいつはいったい、何がしたいんだ。

「あった」

研二は少しうれしそうに、棚の上のビンを手に取る。
そこにいたのは、いろとりどりのベタだった。

「何、ベタがほしかったの」
「うん」

そんなことなら、さっさと言ってくれればいいのに。
あたしはあきれて笑った。

ふたりでビンをとりあって、中を覗いた。
しろいベタ、あかいベタ、変ないろのベタ、いろいろベタ。
でも研二とあたしが最終的に選んだのは、どちらもあおいベタだった。

「これがきれいだよ、こっちにしなよ」
「ううん、僕はこれがいい」
「そうかなー、なんか色が濃いよ」
「いいんだ、僕はこっちで」

研二はうれしそうにそのビンを胸に抱いてレジに向かう。
あたしは先に店をでて、のびをした。

ふと、全てが不思議な気持ちになった。

どうして研二は突然ベタがほしくなったんだろう。
どうして研二はあんな変態気質なんだろう。
どうして研二はあたしをその変質的関係の相手に選んだんだろう。

最後の質問は愚問だった、だってもうそんな関係じゃないから。
それなのにその疑問は、あたしの胸にはりついてぬぐえなかった。

「涼夏」

声をかけられてふりかえる。
研二の声は高くて、こどもっぽい。
だけど、あたしは嫌いじゃない。

「これ、あげる」

研二があたしに差し出したのは、あたしの選んだあおいベタのビンだった。
素敵な素敵なプレゼントだった。

「ありがとう」

おどろきながら、あたしは研二への疑問がとめられずにいる自分を恥じた。

NEXT?