研二が帰ったあと、あたしはそっとひきだしをあける。
書きかけの手紙がそこにはあった。
かあさんのくれた便箋、かわいい絵柄が100枚全部違う。
その一枚を、少しだけ文字が埋めていた。
あたしはそれを全部消した。

橋本奈々には、もうあたしのことなんて思い出してほしくない。

あたしはラジオをつける。
好きなアーティストがパーソナリティーのその番組を毎日聞いている。
彼らの作る音楽と詩が、ちいさいころから好きだった。
あたしは彼らのつくる詩のような恋がしたかった。
今のあたしにならできるのかも、しれない。
浅はかなあたしは、そう思った。

ベッドに寝転んで白い天井を見る。
それは前の家とおなじ色にくすんでいた。
だからあたしはよくこのベッドに寝転ぶ。
今日もあたしは ――無意識に涙を流す。
あたしの気持ちとはちがうところで、涙腺は動く。
それが今、あたしのかなしみだった。

研二はこんなあたしを、とかしてくれるかな。

急に不安が押し寄せて、あたしはタオルケットの中で丸くなる。
そんなふうに頼るなんて、絶対いやだった。
だからあたしは自分を戒めるために、からだを反った。
弓のように、限界まで、反った。




夏休みが終わって、あたしは転校初日をむかえた。
寮に帰ってきた生徒たちは、あたしをものめずらしそうに見ていた。
はじめての自己紹介はすごく緊張した。
でも、昔よりはぶっきらぼうじゃなかったと思う。
頼れる人はもういないのだから、そんなところで甘えられない。
そんな緊張感のせいかもしれないけど。

はじめての授業は、ちょっと簡単だった。
もう学校でやった範囲だし、先生は丁寧に説明していたし。
必死でノートをとる必要もなかったのだけど、あたしは必死だった。
そのノートを見て、びっくりしてあたしの顔をのぞいてくる級友。
新しい学校生活がはじまった。

一週間は怒涛の勢いで過ぎていった。
あたしが昔、バトンをやっていたことを戦線がしゃべってしまったみたいだ。
この学校にはバトン部があるらしく、部長は何度も勧誘に来る。
あたしは怪我のことを口実に何度も断った。
部長は悲しそうな顔をして、あたしの部屋を出て行った。

金曜日の夜、研二に電話した。
研二はうれしそうに電話に出た。

「明日暇」
「うん、暇だよ」
「じゃあどこか行こうよ」
「涼夏が言うなら行くよ、行こうよ」

妙なテンションの高さに、あたしはちょっとあきれてしまった。

この町を出たところにある水族館を指定すると、研二はまた喜んだ。
そのあとはまた研二の家によることにして、電話を切った。

この喜びぐあいが、犬のようだと思ったときに、何かに気づくべきだった。
なんて、いまさらだと思うけど。

あたしは、いまさらばかりで生きている。
悲しくなるほど、後悔ばかりだ。

NEXT?