研二が帰ったあと、あたしはそっとひきだしをあける。
書きかけの手紙がそこにはあった。
かあさんのくれた便箋、かわいい絵柄が100枚全部違う。
その一枚を、少しだけ文字が埋めていた。
あたしはそれを全部消した。
橋本奈々には、もうあたしのことなんて思い出してほしくない。
あたしはラジオをつける。
好きなアーティストがパーソナリティーのその番組を毎日聞いている。
彼らの作る音楽と詩が、ちいさいころから好きだった。
あたしは彼らのつくる詩のような恋がしたかった。
今のあたしにならできるのかも、しれない。
浅はかなあたしは、そう思った。
ベッドに寝転んで白い天井を見る。
それは前の家とおなじ色にくすんでいた。
だからあたしはよくこのベッドに寝転ぶ。
今日もあたしは ――無意識に涙を流す。
あたしの気持ちとはちがうところで、涙腺は動く。
それが今、あたしのかなしみだった。
研二はこんなあたしを、とかしてくれるかな。
急に不安が押し寄せて、あたしはタオルケットの中で丸くなる。
そんなふうに頼るなんて、絶対いやだった。
だからあたしは自分を戒めるために、からだを反った。
弓のように、限界まで、反った。
*
夏休みが終わって、あたしは転校初日をむかえた。
寮に帰ってきた生徒たちは、あたしをものめずらしそうに見ていた。
はじめての自己紹介はすごく緊張した。
でも、昔よりはぶっきらぼうじゃなかったと思う。
頼れる人はもういないのだから、そんなところで甘えられない。
そんな緊張感のせいかもしれないけど。
はじめての授業は、ちょっと簡単だった。
もう学校でやった範囲だし、先生は丁寧に説明していたし。
必死でノートをとる必要もなかったのだけど、あたしは必死だった。
そのノートを見て、びっくりしてあたしの顔をのぞいてくる級友。
新しい学校生活がはじまった。
一週間は怒涛の勢いで過ぎていった。
あたしが昔、バトンをやっていたことを戦線がしゃべってしまったみたいだ。
この学校にはバトン部があるらしく、部長は何度も勧誘に来る。
あたしは怪我のことを口実に何度も断った。
部長は悲しそうな顔をして、あたしの部屋を出て行った。
金曜日の夜、研二に電話した。
研二はうれしそうに電話に出た。
「明日暇」
「うん、暇だよ」
「じゃあどこか行こうよ」
「涼夏が言うなら行くよ、行こうよ」
妙なテンションの高さに、あたしはちょっとあきれてしまった。
この町を出たところにある水族館を指定すると、研二はまた喜んだ。
そのあとはまた研二の家によることにして、電話を切った。
この喜びぐあいが、犬のようだと思ったときに、何かに気づくべきだった。
なんて、いまさらだと思うけど。
あたしは、いまさらばかりで生きている。
悲しくなるほど、後悔ばかりだ。
NEXT?