黙るあたしの顔をのろのろとのぞきこむ研二。
あたしは腹が立って、ちょっと突き飛ばした。
それでも研二は文句も言わずにそろそろと戻ってきた。
今度はあたしにもっとくっついて。

「今まで何してたの?」
「寮の自分の部屋にいた」
「僕に電話する前も?」
「そう」
「涼夏は、そこで何してたの?」

あたしは自分の記憶をたどる。
転校生のあたしは運がいいことに一人部屋だ。
そこで昔の家から持ち込んだ唯一のラジオデッキをつけていた。
そしてふと思い出して、あたしは机の引き出しから便箋を―――

思い出して、言うのをやめた。

「研二には関係ないこと」
「…教えてくれないの?」
「教えてあげない さっき会ったばかりの犬には教えてあげない」

研二は困った顔して黙る。
その目は悲しそうに、涙をためていた。

「そんなことで泣かないでよ」
「僕は…僕は君のこと、知りたいんだ」
「気持ち悪い…そんなにまでして知りたいの」
「どうしても、涼夏が知りたい」

この異常なまでの執着に嫌気がさして、あたしは言った。
それはとっさの思いつきだった。

「じゃあ毎日毎日、あたしのこと見にきてよ」
「え?」
「あたしのこと知りたいんでしょ? 夏休みなんだから学校もないし」
「僕…部活が…」
「うるさいな、犬に予定なんてあるわけないでしょ」
「…」
「嫌ならいい」
「わかった、毎日来るよ、涼夏のこと見に」
「嘘、部活あるんでしょ、君はあたしの犬のくせにね」
「ちゃんと来るよ」

その声は少し大きくて、あたしは研二の口をふさいだ。
研二は目をつぶって黙った。
研二の息は、あつくて生々しかった。
あたしは研二の体温を直に感じた。


ひとさしゆびでそっとほおをなぞる。
研二の肌はつるつると滑った。
あたしよりきれいかもしれない。
いつしかあたしは研二の顔をちょっとずつ探っていた。
研二は黙ってされるがまま。
だって、あたしの犬だから。

「静かにしてて、君がいることがわかるでしょ」
「ごめん…」
「とにかく、君ができるって言ったんだから」
「うん、守るよ 僕は君の犬だから」

口から手を離して、あたしは研二を見た。

「ねぇ、涼夏」
「何」
「もしちゃんと、守れたらさ」
「何よ」
「僕に、ちゃんとご褒美くれるよね」

あたしは目を見開いた。

「何がほしいの」
「涼夏の、今までしてたことを知りたい」
「…本当にそれだけでいいの?」
「うん」

研二はうれしそうに笑った。
それはきっと、彼の性癖を知らない人にはとても輝いて見えただろう。
あたしには、そう見えないけど。

「それとね」
「何、さっさとして」
「僕のことも、知ってね」

研二はそれだけ笑顔で残して、寮の壁を越えた。
軽々と、あんなに高い塀を。
それは研二が男子だってことを思い出させた。
そしてそれは、研二があたしのために超えてくる壁の厚さを感じた。
罵声と、時間の浪費と、痛みと、限りないくらいの羞恥心と。

研二がそこまでしてあたしの犬でいる理由。
あたしも知りたかった。

NEXT?