倉田さんの素足が僕の手を強く踏む。
倉田さんのつめは少しだけ歪でちいさい。
僕は上昇する体温に耐えられず、息を吐いた。

そして僕は、その足を両手でつかんだ。
倉田さんのひゅっという息の音が聞こえた。

ゆっくりと足を持ち上げて、僕は顔を近づける。
そしてそっと足の甲をなめた。
舌に倉田さんの体温と感触が広がる。
魅されたように目をつぶって、何度も確かめる。
それは女の子の、やわらかい肌の感触だった。
僕が何度も夢見た、あのすべらかさ。

「どうして…」

頭上から倉田さんの声が聞こえる。
それは少し震えていて、透明な声。

「どうしてあたしみたいな赤の他人の足をなめられる」
「僕は君の犬だ、犬は主人をなめるだろう」
「そうじゃない…そういう問題じゃない」
「僕はずっとずっとこうしたいって思ってた」
「だったらもっと、見た目のきれいな子にしたらいい」
「それじゃダメなんだ、倉田さんじゃないとダメなんだ」
「なんで…」
「僕はずっと、君の犬になりたかった」

そう言ってもう一度だけ足をなめる。
倉田さんが震えてるのが分かる。

「それに僕は倉田さんの赤の他人じゃないよ、君の犬だ」

倉田さんはちからがぬけたみたいに僕のベッドに倒れこんだ。
僕は這ったままスカートをつかむ。

「はい、スカート」

倉田さんはぼんやりした目で僕を見て、スカートを受け取った。
倉田さんの、僕のTシャツと短パンからのぞくたくましい足。

「高橋君、本当にあたしの犬になるの」
「うん」
「本当に、あたし君のこと人間だと思わなくていいの」
「うん」
「…わかった」
「僕のこと、研二って呼んでよ」
「え?」
「僕は君の犬だ、犬は名前で呼ぶものでしょ」
「…わかった、研二」

僕の手を、倉田さんはとった。
そうしてぐっとひきよせる。
僕はバランスを崩して倒れこむ。
倉田さんのからだのすぐそば、顔をつっこんで。


「研二、散歩に行くよ」
「うん」
「お財布とあたしの自転車用意して」
「うん」
「あと、おばあちゃんのおはぎも」
「うん」



倉田さんがロースピードで走らせる自転車の後ろ、僕は歩く。
倉田さんの自転車は新品で、傷ひとつない。
僕のTシャツと短パンを、こともなげに着ている。
それだけで僕は、すごく気持ちが満たされる。

着いたのは川原、少しだけ下流の。
倉田さんは自転車を降りて、階段を下っていく。

「おいで研二」
「うん」

倉田さんはふわふわと浮かんだみたいに歩いていく。
僕もそのあとを追う。

「研二」
「何?」
「なんでもない、犬の名前を呼んだだけ」
「うん」

倉田さんは右足をかばうように座り込んだ。
僕もその隣に座る。
倉田さんの腕の体温が僕の手を伝う。

「研二」
「何?」
「遊ぼうか」

そう言って、倉田さんは右足に手を伸ばす。
さっき僕が貸した青いビーチサンダル。
それを人差し指にひっかける。

そして、ビーチサンダルを思いっきり投げた。

「とっておいで、研二」



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