犬にしてほしい

あたしの出会った少年は変態だった。
そう思ったら少しだけ背筋がぞくっとした。
そんなことは顔に出さないように心がける。
あたしは踏みつけた足を下ろした。

「君のせいで濡れた」
「あ、うん…」
「Tシャツ貸してくれない? あと短パン」
「わ、わかった」

あわててたんすからもうひとつずつ洋服を出す。
濡れたままの手で、あたしに服を差し出した。
それをとって、あたしは手を払った。

「早く出てって」

黙って言うことを聞く高橋君。
その目は少しぼんやりしている。
あたしは高橋君を追い出して、ようやく一息ついた。
―――これから、あたしどうしたらいいんだろう。
見ず知らずの少年との「犬契約」
生理的な嫌悪とともに、なにかどろどろしたものが胸をめぐる。
あたしはゆっくりと制服を脱いだ。
結んだ髪の毛がはらりと首に触れる。

あたしは気づいていた、高橋君があたしを見ていること。

「君、あたしの犬なんだよね」

返事はない。
だけどあたしは、背中に痛いくらいの視線を感じていた。
高橋君の視線が、あたしの肩のキャミソールをなぞってる。
その欲に満ちた目を肌に感じて、少し身震いする。
―――気持ち悪い。


「主人の着替えを見るなんて許されないことだよ」

そう言ってTシャツに袖を通す。
高橋君のにおいがした。
胸がぐっとしめつけられる。
あたしはその気持ちを押し込んで、靴下を脱いだ。

「犬は、主人のどんなとこも知ってるはずだよ」
「だからって、赤の他人の着替え覗く?」
「僕は倉田さんの犬だ、赤の他人じゃない」

高橋君の声が震えてる。
その真意が知りたい。
あたしは一息にスカートを下ろした。

「スカートが落ちた」

あたしはスカートを足でなぞった。
男の子の部屋で、あたしは今無防備すぎた。

「スカートが落ちた」

そうして、高橋君のいる扉の方を向く。

「拾ってよ、高橋君」

あたしは高橋君の潤んだ瞳を直視した。
胸の鼓動がからだ中に駆け回ってく。

高橋君は黙ってこっちに歩いてきた。
そうしてあたしの足元に座り込んで、スカートを手に取る。
あたしは高橋君の「犬」を試すため、その背中を思いっきり蹴り返した。

高橋君は倒れこむ、無言で。
それでもまた、同じようにあたしの足元に這って来る。
その目はこの行為に、何の負の感情も持っていない。
あたしは絶句した ―――なんて気持ち悪いんだろう。
スカートをつかんだその手を、あたしは踏みつけた。

高橋君はその澄んだ目を潤ませて、じっとしている。
その目があたしの中をどろどろにかき混ぜてく。
高橋君の目とあたしは、一緒にどこかへ堕ちて行く気がした。



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