鈍い音がして、僕の目の前に黒が広がって。
最初どうなったのか分からなくて、僕は動く。
すると黒いものが倉田さんの制服であることに気づいた。
僕は焦った、身動きが取れなくなった。

「痛い…」

倉田さんの声が、すぐ近くから聞こえる。

「…早く、どいて」

倉田さんは心底うっとおしそうにそう言った。
彼女の手が投げ出された床。
その手を僕はつかんでいた。

「高橋君、濡れてて気持ち悪い」

僕の足の間には、倉田さんの足がある。
その足が少しだけ動くのを感じた。

静寂が、僕達をつつんだ。

倉田さんの顔を見ると、無表情のままだった。
何の感情もうけていない、ただ僕が邪魔だと言うだけ。
僕はその顔の横に投げ出されたもう一本の手を見る。
僕が押し倒したときにどこかにぶつけたのか、すり傷があった。

その手をとって、顔を近づける。
その傷に、僕はそっと舌を這わせた。
そうしたいと、僕はずっと夢見ていた。
それは少しだけ苦くてひ弱な、人間の味がした。

「君、何してるの」

さっきと同じ無表情の声に、僕は我に帰る。


「あ、あの…」
「あたし手、焼けてて黒いから、あんまり見てほしくなかったのに」

あわてて起き上がろうとして、また倉田さんの腕を握ってしまった。

「…痛い」
「ご、ごめん」
「いいから早くどいて」

慎重に動こうとした僕にかまわず、倉田さんは腕をふりはらった。
バランスを崩した僕は、そのまま倉田さんのからだに倒れこむ。
やわらかいところに落ちた。

「君、バランス感覚ない あたしのお腹に落ちるなんて」

少々冷淡な声なのに、僕はそのまま身動きできなくなった。
倉田さんが息をするたびに、ちょっとだけ顔が持ち上がった。

「倉田さん…」
「何」
「倉田さんってやわらかいんだね」

突然僕は思い切り突き飛ばされた。
しりもちついた僕の前に、倉田さんはゆっくりと立ち上がる。
いまさら僕は、自分のしたことの大きさに気づいた。

「ご、ごめん…」
「高橋君、濡れてて気持ち悪い」

たじろく俺を、倉田さんは足で追い詰める。
その目は僕を見下ろしている。

「高橋君、あたしの手なめたでしょ、おいしかった?」

強い強い侮蔑の意を放って。
僕はじりじりと壁に追い詰められる。

「高橋君、あたしの手なめるなんて、変態なんだ」

その目はかすかに笑った。
そうして追い詰めた僕の腕を思い切り踏みつけた。
倉田さんの顔が、僕の目の涙で滲んで見えた。

「高橋君、あたしに何してほしい?」

滲んだ倉田さんは、とてもきれいに見えた。
僕は腕の痛みに浮かされて、ひどく陶酔しながら答えた。

「僕を、倉田さんの犬にしてほしい」

倉田さんは僕の答えに、うすく笑って腕をさらに強く踏みつけた。
ぎりりと、鈍い音がした。

「いいよ、高橋君をあたしの犬にしてあげる」


僕達の変質的関係は、そこからはじまった。



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