水面にあたるわずかな瞬間の痛みが僕を支配した。
全身をまわってぼんやりと脳内を犯していく。
僕はうすい笑いを浮かべた。
気づくと、川に浮かんだ僕を、いつもの彼女が見下ろしている。
きつい顔して颯爽と自転車に乗っているあの子だ。
きれいな白目と、澄んだ強い力を持った切れ長の瞳。
東京から来たと有名の、都会の雰囲気のする女の子。
僕は知っている、彼女の名前が倉田涼夏だと言うことを。

「…大丈夫ですか」
「うん」
「どうして突然落ちたんですか…」
「…落ちてみたかったから」

険しい顔をして僕を見ていた倉田さんは俺から逃げようとした。

「じゃあお気をつけて」
「あの」
「あたし、もう帰りますから」
「倉田さん」

驚いたみたいに僕を見て、怪訝そうな顔をした。
その強い瞳に、僕がひきつけられていたことなんて知らないだろうな。
ぼんやりそう思った。

「どうしてあたしの名前を知ってるの」
「みんな知ってるよ、この町はちいさいから」
「…そういうもんなの」
「うん」

倉田さんは僕が彼女を知っていることがわかって、
もとのきつい表情に戻る。
僕は自分のからだが熱を発しながら、水に吸い込まれているのを感じる。
からだ中が零度になるような錯覚。

「もうあがってきなよ、風邪引くよ」
「別にそれはそれでいいんだ」
「そう、じゃああたし行くよ」
「待って」

さっさと帰ろうとする倉田さんのうしろ姿に叫んで、僕は泳いだ。
つめたい川の温度が身に痛い。
それが僕の快感。
岸に上がって制服のシャツをしぼっている僕のもとに、倉田さんは歩いてきた。

「何か用?」
「倉田さんって、性格きついでしょ」
「…その言い方ムカつくわね、君何なの?」

心底腹を立てたみたいに、こちらに向き直る。
東京の子のきつい話し方が心地よい。

「僕のこと、助けようとしてくれたんだよね」
「…まあそうなるわね」
「僕の家にこない? ばあちゃんがおいしいおやつつくってるんだ」
「何」
「おはぎ、お礼にあげるよ」

倉田さんはその賢そうな頭で少し考えた。
僕の顔を見て、うなづいた。

「おはぎ、いただくわ」
「よかった」

僕はそうして、念願のものを手に入れる一歩を踏み出した。
弱気な僕にしたら、ずいぶんと大きな一歩だ。



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