俺の右手はラッキーとつながっている。
俺の左手には雪弥の右手がつながっている。
雪弥の手は細く、つめたい。
俺はそんな雪弥の手を握り締めて、雨の中を歩く。
雪弥の差し出した水色のおりたたみがさは雨音を響かせる。
さびしくつめたい、この音を。
ぱつん ぱつん ぱつん ぱつん … 

電車に乗り込み座席に座る。
俺の肩には雪弥の頭。
雪弥は俺の肩の上で、今も静かに涙を流している。
無気力の雪弥の顔はあまりにも無防備で、必死で細い手を握り締める。

「はるいち君、お願いがあるんですけど」

ふいに言葉を発した雪弥の声は、震えてはいなかった。
それでもとても、か弱かった。

「何?」
「恥ずかしいので、いやなら聞き流してくださいね」
「どうしたの?」

「あたしのこと、もう一回だけ抱きしめてください」

話すたびに涙が流れる。
その強い瞳には今、涙ばかりが満たされてる。

「でも、正面からは抱きしめないで…はるいち君となんて、あたしなんか向かい合えな――」

俺は雪弥を正面から抱きしめた。
ふっと小さな悲鳴をあげた雪弥は少しからだを硬くして、
俺にされるがまま俺の肩に顔をうずめた。

「はるいち君…あたし汚いですよ」
「そんなことないよ」
「はるいち君…あたし…」
「うん」
「あたし、ちょっとだけこうしてていいですか」
「いいよ、おいで」

雪弥の涙がぽとりと落ちる、あたたかい、あたたかい涙が。
俺は雪弥の髪のシャンプーのにおいに鼻をうずめた。

「雪弥の髪の毛、やわらかいね」
「…そうですか」
「雪弥って、本当はやわらかい人なんだね」
「…そんなことないですよ」

そうしてずっと、雪弥をひたすら抱きしめた。
雪弥はこどもみたいに、されるがまま。

この子をずっと、抱きしめていたい。

電車はまるで、どこかへ急ぐように速度を増していく。
がたりごとりと、音を早めて。

電車を降りて、歩き出す。
はじめ雪弥は無気力だったが、しだいにここがどこなのか気づき始めた。

「ここ…はじめて会った公園ですね、いつもの待ち合わせ場所の」
「うん」
「はるいち君のアパートに戻らないんですか」
「一緒に回る、最後の場所だよ」
「それは…あたしにどうしても教えてくれなかった…あの場所ですか」


「そう、水島鏡子の、殺害された現場」



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