クラブメートたちは、それから雪弥を腫れ物のようにあつかった。
しかし彼女はそんなことお構いなしに、平然と話しかけていった。

雪ちゃんはもう普通に戻ったんだ。
雪ちゃんはきっともうあんなこと忘れたんだろう。
皆、そう思ったのだろう。

顧問や部長が心配しながら聞いてくる言葉に、雪弥は笑って答えた。
あたしも悪かったんです、いい経験になりました。
あ、もう気にしてませんから、大丈夫ですよ。
心配なんてしないでくださいよー、もーやだなー。

雪弥は笑いながらも、着実に憎悪をためていった。
その傷はいえることなく、今も青い血を流している。

皆は知らない。

彼女が毎日を廃人のように暮らしたその後の5日間を。
彼女が無意識なのに、たくさんの涙を流したこと。
彼女が毎日、あのときのフラッシュバックに怯えていること。

皆は知らない。

彼女が退部を考えたこと。
彼女が転校を考えたこと。
彼女が自殺を考えたこと。
彼女が同学年のクラブメート全員の殺害計画を立てたこと。

皆は知らない。

彼女が今も、ひしひしと憎悪の目で皆を笑ってみていること。


宇佐美雪弥は、憎悪と執念を糧に部活を続けた。
毎日毎日、あの日のことを思い出しながら。
そうして引退式を終えた雪弥は、皆を空き教室に呼び出した。
そうして、言ったのだ。

あたしね、ずっとずっとあの日のこと忘れなかった。
毎日毎日思い出してね、頭の中で殺したの。
一度だって許さなかった、ここにいる全員。

呆然と立ち尽くす皆の前で、彼女は前日買った新品のはさみをとりだした。
そうして笑いながらそれを上にかざす。

あの日からのばし続けた長い黒髪を、
彼女はひとつかみして、
すっぱりと、


切り落とした。


これはね、がんばって部活を続けた証拠なの。
ふふ、あんたたちのことこれからも一生恨み続けるから。

あたしのこと、一生忘れさせないからね。

宇佐美雪弥は笑いながら教室を出た。
晴れやかな笑顔の瞳に、つめたく重いものがつらららと流れて消えた。


「雪弥」
「あたし、すっごい歪んだ人間なんです、わかったでしょ?」
「雪弥」
「だから、はるいち君にはちゃんと本当のこと伝えないといけないと思って」
「雪弥」
「はるいち君みたいな純粋な人と、あたしなんか一緒にいたらだめなんです」

「雪弥」


雪弥はぽろぽろと泣いていた。
いつまでも亡霊を背負って戦う戦士のように、雪弥は傷だらけだった。
アシンメトリーな髪に、手を触れる。

俺は雪弥に、うしろから手を伸ばす。

雪弥の髪から、シャンプーのいいにおいがする。
雪弥は嗚咽をこらえられずに、俺の手にすがりついた。
雪弥の華奢な鎖骨に指が触れる。


俺は雪弥を、抱きしめた。
強く、強く。


華道部の花の窓の向こうで、いつのまにか雨が降っている。
ふたりで、ラッキーを迎えに行こう。
ふたりで。



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