中学を出た俺達は、その足で高校へと向かう。
俺達の回る、最後から、2番目の場所。
高校は部活があるのか校門が開いていた。
俺と雪弥は、またラッキーを留守番させて校内へと入った。

「華道の部屋は…ここですね」
「ちいさい部室だ、部員が少ないって言ってたな」
「入ってみましょうか」

中には華道のための道具がおいてある棚がある。
はさみが無造作に出ているのを、そっと元に戻そうとした。
その手を防いで、ふいに雪弥がはさみをつかんだ。

「雪弥…」
「そろそろ、あたしの話をしないといけませんね」
「いいよ、まだ、終わってないから」

焦る俺をとめて、雪弥は悲しそうに笑った。

「本当の最後に、はるいち君に全部話すのは、なんだか嫌なんです」

雪弥の瞳が、またつめたくなっていった。
はさみを握った手が、ことりとたれた。

「あたしは中学校に入ってから、ずっと部活を続けてきました」

雪弥の結界がとてつもない速度で広がり、開いていく。
雪弥の重い歴史が、今放たれる。


中学1年からのクラブメートたちとの、10月の定例会議。
これからの部活を話し合う次の代を担う高1のみの参加のこの会議に
宇佐美雪弥は書記として参加することになっていた。
会議はいつも2日間行われ、学校専用の宿舎泊りがけで行われている。
これからの部活を話し合うのにそんなに時間は必要ないと言うかもしれない。
しかし娯楽的な要素はなく、まじめに2日間話し合うのだ。
新たな企画は生まれ、またいらないものは捨てる。
未来を大事にするこんな部活は、うちの体操部しかいない。
それは彼女にとって誇りであり、参加できる彼女は名誉であった。
宇佐美雪弥は、この定例会議を心から楽しみにしていた。

雑務担当の同級生に、ひとこと言われる前までは。

「雪ちゃん、覚悟しときなよ」
「えっ?」
「雪ちゃんにはみんな、言いたいこと山ほどあんの」

バスの中で、雪弥は愕然としたのだ。


確かに毎年強行な姿勢で練習計画を通してきたし、言いたい放題言ってきた。
それでもそれはきちんと実を結んだし、成功だった、部活のためには。
まわりもそんな彼女の姿勢に少し怯えながらも、ついてきた。
しかしそれは中学3年生までと決めて、裏方に回った。
もう十分だと思ったし、何より強行な姿勢を保つのはつらかった。
だから今年は自分の能力のために精一杯練習を重ねてきた。
大会ではそれなりの成績をおさめて、また新たな大会のために準備をしている。
だからといって部活のための仕事がおろそかになったわけでもなく、順調だった。
それなりの仕事は、きっちりしてきたのだ。

それなのに、あたしは何を言われないといけないんだ。
今まで必死でやってきて、今は昔とまではいかずとも、十分働いてきた。
それなのに、あたしはいまさら何を言われないといけないんだ。
彼女は怒りとともに、強い恐怖を抱え込んだ。
あたしはいつも、人を傷つけるような言葉ばかり吐いてきた。
言ってしまってから気づいても、何も言わず知らん顔してた。
あたしが言われる要素は、いっぱいある。

バスから降りた同級生達は何かそわそわしていた。
雪弥はそんな空気から必死で身を守って宿舎の中に入る。
彼女の瞳の中のものを知る人はいなかった。

話し合いは壮絶だった。
あらん限りの屈辱を、四方八方から浴びせられた。
時には泣け叫ぶ声を出し、時には勝ち誇ったような声で。
仲がいいと思っていた子も、誰も助けてはくれなかった。

「いつもいつも、言いたい放題言って、あんた人の気持ち考えてんの?」
「最近は自分のことばっかりで、全然仕事しないし」
「今だって、あんた何様のつもりで黙ってんの? 本心で言ってよ」

「…あたしの本心…」

「そうよ、何ひとりでさめた顔してんのよ、馬鹿!!」
「ゆりこ、泣かないでっ」

「…あたし…自分の本心なんて…わかんなくて…」

整然と、三人の同級生がとどめをさした。

「本心がわかんないとか、ありえないこと言わないでくれる?」
「そもそもさ、あんた、なんでこの部活にいんの? 他のとこで習えばいいでしょ」
「この部活で、あんただけが問題児なんだよ、あんたのせいで部活が成り立たないんだよ」

このふたことをきっかけに、雪弥のこころは完全に砕け散った。
鉄のこころといわれた彼女の心臓は、粉々に粉砕された。
この言葉がたとえ事実出なくても、もう雪弥に抵抗できる力は残っていなかった。

雪弥は静かに泣いた。
彼女のこころの壁から流れ出る弱音は、とまらなかった。
今まで一生懸命隠していた、彼女の中身が、どろどろと。
一生懸命部活に尽くした彼女の思いは、このとき砕かれた。
誰も理解しようとは、しなかった。
彼女はここで、あらんかぎりの恥辱をたたきつけられる。

尋常でない時間のかかりぐあいに顧問はあわててやってきた。

顧問の問いかけに答えた、ふたりの同級生はこう言った。

「打ち負かしてやろうと思ったんです」
「個人的な、嫌いって感情が出てしまって」

雪弥は唖然とした。
これは、部活のための話し合いじゃなかったの…?

そうしてこの状況に、顧問はたったひとこと言ったのだ。

「これは話し合いではなく、ただの『いじめ』ね」

雪弥の目は、開かれた。
それは彼女の世界には関係の無い言葉だった。
それが、勢いよく雪弥の脳天につきささる。

イ ジ メ

宇佐美雪弥の暗雲の歴史は、ここからはじまった。
憎悪と執念の、果てることなき歴史。

彼女のまっすぐな目は、もう歪むだけ歪んでいった。



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