「おはようございます」
「おはよう」
「…朝早いの、平気なんですか?」
「え?」
「いや、男の人っていうのは朝に弱いのだと思ってたもんで…」

そういわれて少しはっとする。
ラッキーは朝早いのに喜んでとびはねている。

「じゃあ、行きましょうか」
「うん」

雪弥は気にせず、駅の改札をとおっていく。
俺とラッキーもあわててあとを追いかける。

休日のローカル電車、座席にはてんてんと客が座っている。
ボックス席を見つけて座る雪弥の向かいに腰掛ける。
雪弥は窓を見つめて、それから本を取り出す。
俺はそのまま窓を見つめて、通り過ぎる景色を見ている。

雪弥はふと思い出して、かばんをごそごそしはじめる。
そしてちょっとだけ、お菓子を出した。
それはすべて、ふたりぶん用意されていた。
ラッキーのためのジャーキーが少しだけ顔を覗かせている。
それがまるであたりまえのように。
雪弥はそれを、無言で差し出してきた。

「ありがとう」
「はるいち君が好きなお菓子が分からなかったので、適当なんですけど」

ふたりは目を合わせないで、それぞれお菓子のパッケージを破る。
雪弥はクッキーを、俺はスナックを。
そしてまた無言で、音を立てて食べる。

何かつんと通り抜ける懐かしさ。
目頭がぎゅっと縮む。

「これはしゅんちゃんの、で、これはあたしの」
「あ、ずるい、僕もそれがいい」
「だーめ、これはあたしがあたしのおこづかいで買ったの」

彼女は生意気にそう言って、つんと横を向く。
それでもしおれた俺の手に、そっとお菓子を置いた。

「しゅんちゃんは本当に甘ったれね、女の子にモテないわよ」

いいもん、僕にはもうお姫様に決めたひとがいるから。
ガキのころからずっと、ずっと決めていた。
そして、今も。

目の前の雪弥はまた、窓の風景に見入ってる。
遠い、遠い目をして、少しだけ目を細めて。
小刻みに動くあご、無言の唇。
雪弥がまだ若い少女に戻るとき。

ガキのころからずっと、ずっと決めていた。
それは、今も?

俺の中で、少しずつ何かが狂っている。
電車の音に、それを知る。



「ここですか、鏡子さんの生まれた場所は」
「そう」

駅から少し歩いたところの、大きな病院。
俺達ふたりは、窓ガラスにはりついて、赤ちゃんを見ていた。
ときどき精一杯顔をゆがめる赤ちゃん。
ここに、彼女がいたんだ。

「あら、弟さんか妹さんを探してるの?」
「いえ、そういうわけじゃないんです」

ふいに看護婦さんに話しかけられても、雪弥は動じない。
はりついたまま、動かない。

「あら、おにいさんは?」
「いえ、俺もそういうわけでは…」

「あら、あなた…?」

看護婦さんの目が少し何かに気づいたように大きくなる。
あの、いつも俺が向けられていた、目で。


俺は荷物を持って、外にとびだした。



NEXT?