人と出会うことを恐がる人。
人と出会うことで何か期待してしまう人。
そんな間違ったふたりの、
欠けたままで動くストーリー。

主人公は俺、葉月春一。
共演は彼女、宇佐美雪弥。

ハッピーエンドにならないことを義務付けられた
悲しい物語のはじまり、はじまり。




アオスジアゲハ




中学のときに仲の良かった人に彼女ができた。
その彼女はとっても奇天烈で、俺のことを「キツネ王子」と呼んだ。
それから学校のいたるところで「王子」と呼ばれるようになってしまった。

「おはよう王子」
「何してんだよ王子」
「王子、先生が呼んでるぞ」

まぁいいか、別に悪口ではない。
でも王子には相手がいるはずだ…けど、きっと相手はいない。
そんなことにいちいち憂鬱になる年もとうとう過ぎてしまった。
まだ高校生だけど、もう過ぎてしまった。
俺の黄金の、輝かしかった時代。

学校が終わると、俺はすぐに高校を出る。
そしてまっすぐ駅に向かい、帰りとは反対のホームで電車を捕まえる。
俺には今日、やらなければいけないことがあるのだ。
そうして、5つめの駅で俺は腰を上げた。
改札をでて大通りを歩き出す。
しばらく歩くと大山公園につき、俺はベンチに腰掛けた。
彼女はきっと、ここを通る。

「ねぇママ、あのおにいちゃん昨日もいたよ」
「そう? おにいちゃんにも用事があるのよ、さぁ帰るわよ」

ヨウジってなぁにと甘ったれの声で問うこどもをあやす母親。
俺はちょっとだけ目を向けて、彼らの目の届かないベンチへと席を移す。
ガキに覚えられていたとは意外だった、ミスだな。
俺は少し笑って、かばんを置いた。

あの日、彼女に会ったのは確かこのぐらいの時間だった。
あの日は少し早く日がおちたように、薄暗かったことを覚えてる。
怯えたような目と、抱えた荷物。
俺の獲物は、そこにある。

そら、来た。


彼女の名前は、宇佐美雪弥、落としたレンタルビデオ店のカードで調べた。
黒いセーラー服に白いリボンの、市内では有名な女子高校。
俺の学校にもここの生徒を彼女にして自慢げにしているやつもいる。
黒い髪が夕日に光って茶色く見えた。
周りをきょろきょろしながら歩いている、確実にあの日の彼女だ。

俺は気配を消して彼女の後ろに滑り込む。
そして間をおいて、肩を叩く。
驚いてふりかえる彼女に、俺は笑顔をふりまいた。

「これ、落としませんでした?」
「あ、あ…ありがとうございます、すいません」

一瞬の恐怖と、そのあとの安堵を顕著にあらわす切れ長の目。
ちょっとかわいいけど、俺の好みじゃない。
でも、俺の獲物だ。

そそくさと歩き出す彼女の前に、俺は立つ。

「ねぇ、この前の金曜日、ここにいたでしょ?」
「…っ」
「そこの店の袋ぶらさげて、歩いてたよね?」
「…なんですか」
「俺、見てたよ、宇佐美さんが走ってって、ここでその中身落としたの」
「…!?」
「ちょっと、そこのスタバ入ろうか?」
「な、なんなんですか あたしもう帰らないと…っ」

俺の横をすり抜けて、急いで逃げようとする。
その前にまた、滑り込む。

「はさみ」
「…っ!?」
「そこの店で、はさみ買ったんでしょ?」
「…よく、ご存知ですね」
「それと、髪の毛が入ってた」

恐怖に満ちたその瞳に、俺を映してやる。
彼女の切れ長の瞳の奥で、一生懸命脳が活動してる。
俺は心底しあわせで、笑った。

「行こうか、スタバ」

無言の彼女の肩をとって、俺は歩き出す。
獲物を見つけた俺の目は、とてもきれいだと思う。
獲物がきれいだから、さらにきれいに輝いていると思う。
俺はまた、笑った。



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