俺と雪弥はふたり、ラッキーを連れて海岸を歩く。
もうすぐ春になるという潮風は、まだ冷たい。
ラッキーは楽しそうに走り回っている。
「雪弥」
「はい?」
「俺ね、身辺整理したら、警察に行こうと思ってるんだ」
「…そうですか」
雪弥は俺の手をちょっとだけ強く握った。
今日は風が強い。
「あたしは…」
「ん?」
「あ、あたしは、あたしなりに生きていこうと思います」
「うん」
「もうこの性格は直らないし、恨みがましいけど」
「うん」
「はるいち君が戻ってくるまで、精一杯生きていきたいです」
「ありがとう」
雪弥は泣き虫だ。
俺はまた泣きそうになる雪弥の前髪をなぞる。
そうして、ピンをひとつつける。
「これは…蝶のピン」
「姉さんが死んだとき、どうしてもと思って持ってきたんだ」
「どうして?」
本当は、そのときから知ってた。
「将来本気で愛せると思った人に、つけようと思って」
永遠の姫君は、ずっと前から姫なんかじゃなかった。
水島鏡子は俺の、姉だったんだ。
雪弥はそのピンを一度はずして、太陽にかざした。
「これは…アオスジアゲハですね」
「アオスジアゲハ?」
「黒い体に美しいアオミドリのラインがはいったアゲハ蝶です」
そう言ってまた泣いている雪弥。
俺は引き寄せて抱きしめた。
俺はか弱い、アオスジアゲハ
その漆黒の体はいつも傷だらけだけど
その強い意志は青く光り輝いて
いつも俺を導いてくれるんだ
雪弥は咲き乱れる花
あふれでるあたたかい涙は甘い蜜
それを頼りに、いつか俺は迎えに行くよ
どんなことがあっても、君の元へ飛んでいく
どうか俺のためだけに咲いていてください
俺達は数日後、婚姻届を提出した。
ラッキーを連れて、雪弥とふたりで。
ラッキーはそのまま、雪弥の家にひきとられていった。
そしてその翌日、俺は警察に向かった。
どんなことがあっても、君の元へ飛んでいく
どうか俺のためだけに咲いていてください
あの海岸を、雪弥が歩いているのが見える。
ラッキーはうれしそうに走っている。
彼女の髪にアオスジアゲハのピンがきらきらと輝いた。
THE END